あじまりかんは貴方を自由にする

睡蓮ファンタジアの花

あじまりかんは貴方を自由にする/斎藤 敏一

作成:2017年12月11日、最終更新日:2017年12月25日

 

◎師走に想う

 このところ(2017年12月)、よい天気が続いている。外に出て散歩をすれば、澄んだ冬の大気が身を包み、自由を満喫できてとても気持ちが良く最高の気分になる。
 さて、自分が今感じている自由な気分とは一体どこから来るものだろうか?
 私の場合、定年退職しており通うべき会社もなくなった。必ずしも楽しいだけではなかったプログラマーとしての仕事から解放されて、やりたいことだけやっていればよいという有り難い身の上である。ようやく念願叶って文筆業らしき仕事で身を立てることができそうな案配である。
 「やりたいことだけやっていればよい」という気分は
生まれてこの方初めて味わうものであり、開放感があり、毎日楽しくて仕方がない。本当に有り難いことである。

  • 従うべき上司はいない(とにかく気持ちがいい)
  • 家が拠点なので家族を大切にできる(愛する者たちに囲まれている)
  • 自分も家族もみんな元気である(これが一番有り難いことだ)
  • 自分の時間を完全に好きなように使える
  • 人様のためになることを考えたり実践したりできる

 以上のように、いつの間にか理想的な生活を手に入れることができたということに気が付いて、さらに「頑張るぞ」という気持ちに満たされるのだ。

◎「あじまりかん」が私に本を書かせた

 私が本論において自分の例を持ち出したのには深い理由がある。たまたま、私は神様や歴史に触れる機会が多く、人生というものが持っている秘密めいた意味を考えることが好きだったということが大きかったと想う。40年以上の間、そういう浮世離れした生活を続けてきたのだ。
 私が何か自分にしか書けない本を書こうと思い立ったのは、2014年頃のことだった。最初は自分が書こうとしているものが一体何なのか分からず、本の名前は「世界の秘密」だったのだ。それが最終的には『アジマリカンの降臨』となったのだが、私の物書きとしての実質のデビュー作は『あじまりかんの法則』である。
 全く無名の新人だったので、AmazonでKindle本として処女作を出版しても全く売れず、鳴かず飛ばずで2年間を費やした。
 だが、その間も自身の処女作の改訂を繰り返した。そして、その間の私の努力は無駄ではなかったようだ。

 なぜならばその間、私はひたすら「あじまりかん」を唱えていたのである。そのお蔭で、自分の運命が望み通りの方向に導かれ、『あじまりかんの法則』でデビューすることができたのだ。私の出版の経過を辿ってみよう。

 ・世界の秘密
  ・・・書き始め(2014年春)
      ↓半年経過、この間に「あじまりかん」に出会う
      ↓ キーワード=『日本とはどんな国』(佐藤定吉著)
 ・生命の樹の秘密
  ・・・改題(2015年春)
      ↓半年経過、「あじまりかん」について大幅に追記
 ・生命の樹の発見
  ・・・処女作をKindle版『世界神道三部作』出版(2015年夏)
      ↓1年半経過、「あじまりかん」の解析結果を反映
 ・あじまりかんの法則
  ・・・新作をクリエイトブックスで出版(2017年夏)
      ↓3ヶ月経過、「あじまりかん」の解析結果を整理
 ・アジマリカンの降臨
  ・・・処女作をあじまりかん友の会で出版(2017年秋)

 私は2014年頃、佐藤定吉博士の『日本とはどんな国』を読み返す機会を持った。そこには、「あじまりかん」の秘密の一端(*)が書かれていた。二年余りの間「あじまりかん」を唱え続けたのだ。その間に、「あじまりかん」が常に私を導き、「あじまりかん」の言霊よりインスピレーションを与えられ、遂に二冊のあじまりかんの本が完成したのだ。
 「あじまりかん」そのものが私に本を書かせたとしか言いようのない出来事が起こったということだ。

*以下の一節が私に「あじまりかんは神(の言霊)である」という確信を与えた。

  「その(「あじまりかん」を唱えている時の)全体から来る霊的波長は、

  どうしても『神と人』とが一如になり、『神』が人の中から顕現する時の
  霊の響きのように受け取られる。」

 佐藤博士は、この『神』の正体について一言も語らないが、それは山蔭神道の説く大元霊=造化三神のことを学ばずして亡くなられたからである。斎藤は、この『神』が大元霊であることを感得した。
 ここに至り、故山蔭基央師が生前に『神道の生き方』の「第四章 太元霊の話」で説かれていた、以下の一節に対する驚嘆すべき回答を門外漢である斎藤が発見したのだということがはっきりしてきた。

  「われわれは、今一度、この無の一点を見なおし、絶対なるものを再認識
  しないと、相対の神を唯一絶対としているキリスト教、ユダヤ教、イスラ
  ム教の欠陥が見えてこない。このセム族から発生した三大宗教がせめぎあ
  う現今の世界は、地球破壊をもたらしかねない。げに恐ろしきは哲理の誤
  り、宗教の誤りである」

  「われわれ日本人は、何も語らない無の一点から発し、無教義・無戒律・
  無偶像の宗教(神道)を伝えているわけだが、それが示すものは、常に
  新しい神話を構成してもよいとの許可である」

 故山蔭師が指し示そうとしていた「新しい神話」とは、師の足下に初めから回答として存在していたのだ。その回答とは大神呪「あじまりかん」である。「あじまりかん」の言霊の本義は大元霊なのである。すなわち、「あじまりかん」という言葉には本体霊が存在しており、その本体霊とは大元霊=造化三神=最高神=人類共通の神なのだ。
 まさに、「あじまりかん」は大元霊のコトタマなのであり、唱えると大元霊が降臨するのである。山蔭神道が二千年の間伝承してきた「あじまりかん」は大元霊の言霊であったということなのだ。ものすごい真実に誰もが気付かなかっただけなのである。
 随分間の抜けた話ではなかろうか……。
    ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×
 こういうことを言って申し訳ないのだが、故山蔭基央師をはじめとする山蔭神道関係者は「お経読みのお経知らず」、つまり、「あじまりかん」を唱えていてもその意味が分かっていなかったのである。
 「あじまりかん」は大元霊=根源神=最高神=人類共通の神の言語的顕現である。だからこそ、「あじまりかん」を唱えれば全人類が宗教や信仰に関わらず無条件に救われるのである。今こそ「あじまりかん」の大いなる力を汲み出す時である。この意味がお分かりだろうか?
 このように、門外漢のプログラマー(斎藤)から指摘される山蔭神道関係者には大いなる奮起を望む。大神呪「あじまりかん」に身命を捧げる覚悟を定めていただきたい。拙著『アジマリカンの降臨』を読んで、気合いを入れ直す必要があろう。

◎「あじまりかん」は唱える人に究極の自由を与える

 「あじまりかんの本」を書いたことが、私に冒頭に述べたような自由な境遇を与えてくれたのである。
 「あじまりかん」を唱えて私に起こったことは、誰にでも起きることなのだと思う。なぜならば、私が感じている自由とは、本質的には「心の自由」、「魂の自由」だからだ。私はこの世的には特別な地位がある訳でもないし、お金持ちでもないし、何の権力も持っていないが、自由を満喫しているのである。これは霊的な自由であるとしか言いようのないものである。要するに「裸一貫、矢でも鉄砲でも持ってこい」という状態なのだが、とにかく気持ちがよいのである。
 それでここがポイントなのだが、「魂の自由、霊の自由というものは、究極の自由である」ということだ。この自由は、自分が宇宙のどこに行ってもなくならない永遠の生命に属する宝物だからである。私は、ここに至って「永遠の生命」を得たのだ。同じように貴方も「あじまりかん」で永遠の生命を得るのである。
 「あじまりかん」は貴方に究極の自由=永遠の生命を与えるのである。その境地は「貴方が宇宙のどこに行っても(地上界でも霊界でも神界でも他の星でも)通用する」という状態なのだ。要するに「無敵=こわいものなし」の境地である。
 なぜそうなるのかお分かりだろうか?
 「あじまりかん」は宇宙創造神(=大元霊)の言霊なので、貴方の一番なりたい姿をご存じだからだ。実際、人間という存在は宇宙創造神(=大元霊)の分けみ霊だから、悪いようにはなりっこないのだ。必ず貴方の本当の願い(=貴方の魂に最も相応しい願い)は叶えられるのである。
 「あじまりかん」に自分の生命を「エイッ!」と投げ入れればよいのである。後は、「あじまりかん」が貴方の運命を一番良い方向に導いて下さるのだ。
 この斎藤が一番よい例である。斎藤の真似ぐらいであれば、普通の人(神様を愛する人)なら誰でもできるのである。だから誰でも斎藤の程度にはなれるのだ。
 仮に斎藤の言うことが100%は信じられなくても構わない(私は不完全な人間であり、しばしば間違えることがある。勘違いが多いが……)。しかし、「あじまりかん」だけは信じて唱えていただきたいのである。

◎「あじまりかん現象」は全人類に起きる!

 「あじまりかん」を唱えて斎藤に起きた出来事は貴方にも起きる。それを全人類に適用すればよい。つまり、斎藤が「あじまりかん」で永遠の生命を得たように、誰もが(=全人類が)永遠の生命を得ることが可能なのだ。
 記事「あじまりかんは科学だ!」でも述べたが、人間が神の子であるという霊的な事実は誰でも不変なので、あじまりかんは効くのである。よって、昨日私に起きたことは、今日貴方に起きるのだ。そして、その「あじまりかん現象」は全人類へと伝わってゆくのだ。これは間違いのないことである。

【参考資料】
・『あじまりかんの法則』斎藤敏一著
・『アジマリカンの降臨』斎藤敏一著