天皇行の核心

 
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日本とはどんな国?:天皇行の核心 /斎藤 敏一
作成:2018年1月7日、最終更新:2018年4月20日
 
●『日本とはどんな国』(佐藤定吉著)について
 
 佐藤定吉博士(1887-1960)の遺作『日本とはどんな国–秘められた人類救世の原理』は、私のあじまりかん関連著作において決定的な影響を及ぼした本である。
 何が決定的だったかと言えば、山蔭神道が「天皇行法」を伝承する古神道系の教派神道団体であり、別名「天皇神道」とも呼ばれていることを知ったからだ。
 「天皇行法」という名前については、故山蔭基央師の多くの著作のどれかで読んだことがあるかも知れない。だが、その意味も含めて理解したのは佐藤博士の前掲書を読み返したからこその出来事であった。
 天皇行法の実体が「自霊拝」と「あじまりかん」であることが初めて分かり、それらの行法に重大な意味「日本国家成立と存続に関わる根本的な存在価値」があることを初めて公開したのが『日本とはどんな国』だった。

 さて、以上を前置きとして、『日本とはどんな国』の本文を読んでいくことにしよう。同著の白眉とも言える内容は「第一編 聖書相応の国日本」の以下の章である。

 第四章 天皇行法(天皇神道)
☆第五章 天皇行の核心
 第六章 天皇行の神髄
 第七章 天皇行の『あじまりかん』

 以降、「第五章 天皇行の核心」の全文を掲載する。文中の茶色部分「例:(ヒンズー教・仏教の発祥元)」は、斎藤の補足説明である。

 天皇行の核心–『日本とはどんな国』第一編より
 

第五章 天皇行の核心

(一)本論文の生れた理由

 著者に二つの疑問があった。
 第一は「なぜに日本が世界の例外国として、幾千年の歴史を今日まで、常恒不変に保ち得ているのであろうか?」ということ。
 その第二は「日本国民である著者の心の奥深くに、なぜに君国のために一身を捧げつくすという燃ゆる血の叫びがあるのであろうか?」という疑問である。
 この二つの深刻な疑問が、青少年の頃から、『たましい』の底に往来し、これを解こうとしたが、齢古稀にいたるもなお解けないで、いつも求め続けていた。
 著者の学んだ欧米の科学、哲学、またキリスト教は、この問題を解くには、はなはだ不充分であったので、この問題への解決を求めて、約四十年前から、神道の考究に入ったのであった。しかし、これまでの智見では、どうしてもこのことを解くべき光にめぐり合わさなかった。
 ところが、敗戦という悲惨な事実を通じて、不思議にも天の聖手が動いて、肇国(ちょうこく)以来、ただ歴代の天皇だけが宮中で行ぜられ、誰一人知ることの出来なかった天皇行の秘法が、世に公開される道がついに開けて来た。
 かくて、その開かれた扉の内部に入ってみると、そこに二千六百年(実際には千八百年程度である)歴代の天皇を一つの管にして、今日まで滾々と清水の湧くに似て、霊の河流が日本国の中に流れ貫いていることが見えてきた。
 そこにあふれる高清水の試料を、イスラエルの民の中から湧き出ている天の霊流(ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の発祥元)の水と比較して見ると、不思議なほどに、両者の本質が一つものであることがわかって来た。またそれのみでない。印度のヒマラヤ山下から流れ出ている霊の高清水(ヒンズー教・仏教の発祥元)も、その本質は同一であることが論証されて来た。(佐藤博士は「ユダヤ教・イスラム教・キリスト教・ヒンズー教・仏教のいずれも、その本質が天皇神道と同一である」と語っている。佐藤博士の立論の方法は、外国の宗教を基準=物差しとして天皇神道を測ろうとするものだ。この方法は客観的であるように見えるが、間違っている。斎藤に言わせれば、「ユダヤ教・イスラム教・キリスト教・ヒンズー教・仏教のいずれも役不足であるから天皇神道が出てきた」ということになる。これらの宗教の力では、人類は永久に救われないからだ。一方、天皇神道は人類を永久に救う(全人類を神に変える)のである。この違いはどこから来るのか? 天皇神道「自霊拝とあじまりかん」というものがとどめの神=宇宙創造神の教え(人類最後の教え)だからである。過去のすべての宗教と天皇神道を比較してはならない。まして、過去の宗教を論拠として天皇神道を評価することはできない。なぜなら、過去の宗教は物差しとして短か過ぎて、天皇神道の基準にはなり得ないからだ。佐藤博士は天皇神道が宇宙創造神から出たという意味を経綸として正しく理解できていないのだ。その点が佐藤博士の限界である)
 それで著者は、「長年の二つの疑問がすっかり解けた!」と心の奥底からわかり、大きい法悦に入ったのであった。
 また本来『くに』の『いのち』として生え出ている日本国民にとっては、この国の『いのち』の本源である『天皇行』(*)につながれなければ、真実の日本国民としての貴い力が湧き出て来ないこともわかって来た。
 この真理は、著者一人だけのよろこびでなく、世界万人にも、一つの驚くべき重大な霊的光であると信ずるので、これを世界のすべての人々に告げ知らせたいのである。

*  佐藤博士は、「日本の歴史の中に『天皇行』という霊的修行大系が存在するがゆえに、日本は貴い国である」という認識を語っている。

(二)問題の中核は何か

 確かめたいと思う第一のことは、次のことであった。
 世界歴史を見ると、栄枯盛衰は世の常道に見える。バビロン、アッシリヤは興り、かつ滅び、またギリシヤとローマは興り、また滅び、一つとして幾千年を、一つの『いのち』で伸び行き、始めの小さな一粒の『さざれ石』が、巨巌になるような生成化育ぶりを示した国は世界に一つもない。
 日本国家の存在は、確かに一つの神秘である。丁度イエスの『いのち』の一粒が万倍して、今日もなお永遠に向って生成化育しているのに似て、日本の『くに』も、何ものかが主要原因となって、かくのごとくに。幾千年にわたり、生成化育させているのであろう。その国家の根本にかかわる原因をたしかめるところに、著者の念願があった。
 第二にたしかめたかった点は、私個人の血の中から叫びかけている『内的いのち』の疑問であった。
 というのは、私は幼い時から唯物個人主義の教育を受けたが、常に自分ほど自我心の強い打算的な人間はあるまいと自ら反省していた。
 それほどに、自己中心の私の中に、不思議なことには、丁度黒い木炭の中に光る純白のダイヤモンドの光に似て、一つの神秘な『いのち』の光(**)を絶えず内部に見ていた。

** これはまさに、人間生命の中核となっている神の分けみ霊=直霊(なおひ)から発する光を、佐藤博士が幼少時代より自覚していたことを意味している。

      ×      ×      ×
 青年の頃からキリスト教に帰依し、自らもイエスにしたがって、十字架を負う人になりたいと願うのだが、何としても他人のために生命を捨てるなどということは、ほとんど絶対に不可能であるほどの自我中心の人間であった。
 したがって、自分が進んで国のために死ねるというような考え方が、私の心からわき出ることは、絶対に考え得ない私であった。
 ところが、私の『たましい』の実際を深く深く掘り下げると、産みの母親のためには、死んでも仕えたいという熱情があるのと同様に、わが祖国日本に対して、同じ心が燃えたぎっている。
 これは、私の血の叫びであって、頭脳の声ではない。いかなるすべての論理をも越えた声である。
 しかし、それが極めて合理的な至上命令である。こうした不思議な力が、私の血の中を貫き通していることを私は見詰めた。
 科学を専攻した私は、原理と現象の相互関係を知悉しているので、それがどんなに超論理であっても、厳然たる事実の存在するところには、必らずその背後に、それに相応する永遠の宇宙原理が貫流していることを握りしめている。
 一方に科学によって、物質界の真理の在り方を確認すると同時に、他方に聖書によって、宇宙に一貫する神の聖霊発動の在り方を、信仰五十数年の血と涙の体験を通じて知悉している。
 学と聖書の光で照顧吟味するとき、どんな事象が、『神』より出で、どんな事項が、『人』より出たものであるのか。それを容易に識別することが出来るようになった。
 こうした長い生涯の体験によって、霊界と人類との交流状態を知り得た霊識の眼で、幾千年の日本歴史に一貫する『天皇行』の『いのち』の在り方を熟視するとき、そこに神自らの巨手の動きが日本の上に厳然と存することを否定することが出来ない。
 この発見は、科学と聖書の二つが一体となって共に保証してくれるものである。断じて私自身の偏見や、独断ではない。確かに一個の『学』の対称となりうる霊界の真理であることを、私は信じている。
 そうした客観的真理性(***)をもつものが、このところに述べんとする『天皇行』の本質である。

*** 佐藤博士は天皇行の客観的真理性について、「科学と聖書の二つが一体となって共に保証してくれる」と語る。しかし、斎藤が『日本とはどんな国』を読んで理解した限りでは、科学も聖書も天皇行の客観的真理性を保証しているとは認めがたかった。
 現在のところ、客観的真理性を保証するものとは、古神道理論(特に山蔭神道の一霊四魂論と大元霊に関する理論)と、二千年の天皇行実践経験より読み取られた再現性しか存在しない。現在の科学も聖書も、天皇行の本質を解明するには役不足であり、新たに「古神道の宇宙観・人間観に基づく神霊的科学大系」を構築する必要がある。この仕事「客観的真理性を保証」は、あじまりかん友の会が確立しようとしている「あじまりかんの科学」以外では実現不可能であると思われる。

参考:あじまりかんは科学だ!
   日本とはどんな国?:天皇行法(天皇神道)

天皇行の核心 完
 
 

 

 
 
 
 

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