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神々の降臨

太陽神(天照大日大神)–前山治子さんが2018年2月に撮影
あじまりかん講座:神々の降臨(松山第二回)/斎藤 敏一
作成:2018年4月17日、最終更新:2018年5月5日
 

●松山のあじまりかん講座のご報告

 先日(2018年4月11日~12日)、愛媛県松山市の林聖二さんと情報交換のために松山に行ってきました。前回(1月26日~27日)から二月半ぶりの二度目の訪問でした。
 松山訪問の主目的は「林さんとお話しすること」で、特に講演会や講座を開催する予定ではなかったのですが、林さんがちょこっとネットで「斎藤が松山に伺うこと」をつぶやいたら、二十名近い方が集まって来られることになり、急遽お話会も含めて懇親会が行われることになったという経緯がありました。
 松山での講座やお話会は、非常に実り多いものとなりました。以下、松山の皆さんから伺ったお話の一例です。

  • 「あじまりかん」の文字を焼き込んだお皿が割れて捨てようと思い、もう一回確認したら割れていなくて捨てずに済んだ。
  • 「あじまりかん」を唱え初めて二週間ぐらいだけど、事が何でもスムーズに運んだりシンクロ的な出来事が起きたりするのが普通のことになった。
  • 体調が悪くなって大変な時期に「あじまりかん」を唱えていたら、次第に体調が戻って元気になってきた。
  • 自動車でとても移動する時に「とても間に合わない」と思ったけど、必死に「あじまりかん」を唱えたら、何となく間に合ってしまった。そんなことは何回もある。
  • 初めて「あじまりかん」を唱えた日に、予想外の収入があった。

 すぐに思い出せたのは以上のようなものですが、お話はもっともっと一杯ありました。何だか「これって奇跡?」と思われるようなお話も混じっています。とにかく、和気あいあいと楽しい雰囲気であっという間に時間が過ぎてしまいました。
 講座中は、皆さん一人一人からお話を伺うことにしており、それが私にとっては何よりの楽しみでした。「あじまりかん」を唱えることで「嬉しい」、「楽しい」、「ありがたい」、「わくわくする」といった、皆さんの気持ちが伝わってきて、私まで同じような気持ちになりました。「あじまりかん」の醍醐味(だいごみ)を味わえたのです。
 松山という土地はとても不思議なところで、「明るく楽しく元気な気持ち」になります。もちろん、お世話していただいた林さんの明るく優しく熱心な個性(これは「人徳」というものでしょうか)あってのことだと思います。
 とにかく、「良かったなあ。また行きたくなっちゃった」と思ってしまうのが、松山です。松山はいち早く「嬉し楽しのみろくの世」になったかのようです。松山の皆さん、本当にありがとうございました。

第一回目松山、あじまりかん講座風景(林さんご提供)


第一回目松山、あじまりかん講座記念撮影(林さんご提供)

第二回目松山「お話会」光景(林さんご提供)
第二回目松山「お話会」の翌日、安藤妍雪先生の神代文字書道展記念撮影(林さんご提供)
神代文字書道展の後、ミケさんのお店で記念撮影(左からミケさん、斎藤、近藤さん。林さんご提供)

●神々の降臨が始まった

 私は以前「あじまりかん=ドラゴンボール説」で、「『巨大なあじまりかんの元気玉』が神界に準備されており、2017年末から2018年以降に、大盤振る舞いされるのを待っている」と述べました。私のこの発言の背景には、「あじまりかん」が世に出たことに対する神さま側の要請が存在します。
「神さま側の要請」とは、次のようなものです。

・とどめの神=最高神=宇宙創造神を実体として表に出すこと
・とどめの神の下で生ける神々が所を得て働かれること
・上記の要請に基づく活動を今すぐ開始すること

 以上の要請を即刻、かつ、確実に実行(=実効)可能とする方法が、「あじまりかん」なのです。

①「あじまりかん」でとどめの神が降臨する
 「とどめの神を実体として表に出す」とは、「あじまりかん」という言霊を世に出すことに他なりません。これは、「あじまりかん」を唱えれば、そこにとどめの神が実体として必ず降臨するという意味です。「とどめの神の実体」とは、とどめの神のエネルギーそのものです。極めて不思議なことですが、これは事実です。

② 「あじまりかん」で神々が働かれる
 とどめの神は唱えた人の肉体(=心身)に降臨します。とどめの神とは「すべてのすべて」であり、純粋なエネルギーです。重要なのは、とどめの神のエネルギーに乗って神々が働かれるという事実です。(霊的な)宇宙にはとどめの神が中心となってあらゆる神々がおられ、神々は「あじまりかん」を唱える人を媒介として働かれます。すべての人はどれか(あるいは複数)の神さまの系統につながっているので、特に意識せずとも瞬間的に働かれます。

③誰でもすぐに実行できる方法がある
 重要なのは「誰でもすぐに実行できる方法がある」ということです。「あじまりかん」は、この要請にぴったりです。そして、「あじまりかん」には「実行すればすぐに結果が出る」という即効性があります。これは、唱えた瞬間に神さまが降臨するという言霊の性質によって保証されます。「あじまりかん」こそが、神さまなのです。

 何がすごいのかと言えば「あじまりかん」がすごいのです。「あじまりかん」と唱えた瞬間に世界が変わるのです。「あじまりかん」で「とどめの神+八百万神」が瞬間的に降臨してお働きになるのです。
 私と「あじまりかん」の出会いに始まって、私が「あじまりかん」のことを本に書くまでの経過を振り返ってみれば、とどめの神と神々の降臨は当たり前のことなのです。
 なぜなら、私から見れば「あじまりかん」こそが「呼べば直ちに降臨する神」であり、「『あじまりかん』を世に出しなさい」と私に命じた(「命じた」というのは比喩で、声が聞こえた訳ではありません)「とどめの神」だったからです。
 つまり、「あじまりかん」でとどめの神が世に出て働くというのは、とどめの神ご自身の意志であるという意味です。とどめの神ご自身が「あじまりかん」として降臨されたのであり、これからも降臨し続けるのは当然のことなのです。
 「あじまりかん」は「全人類を助ける」という宇宙(最高神)の意志なのです。だから、「あじまりかん」を唱えた結果として、最高神が降臨されるだけでなく宇宙の神々がお働きになるのは当たり前のことなのです。そして、とどめの神と宇宙の神々は、「あじまりかん」を唱える貴方を通して働かれるのです。

●神々が写真に撮れた!

 本項の最後に「あじまりかん」で降臨された神々のお姿を写真で紹介しましょう。福島の前山さんから「あじまりかんに繋がりましてから、太陽の光を私のスマートフォンで撮影しますとふしぎな光が写るようになりました」というメールが届きました。以下のような光体や光の帯が映っています。

太陽神(1)
太陽神(2)
太陽神(3)–これは別の神さまかも知れない
龍神(1)
龍神(2)

 以下は、松山での第一回講座の翌日、大山祇神社にお参りした時に、同行の村上舞都さんが撮影したものです。

源龍会の中野さんがご一緒だったので、龍神が映ったのかも知れない(村上舞都さんご提供)

 最後の写真は、安藤妍雪先生が撮影された写真(レーザープリンターで印刷したもの)を神代文字展示会の会場でいただいたものですが、驚くべきことに前山さんが撮影した光体と全く同じ形状です。
 神さまごとをしていると、このように不思議なことが起きるのです。

・全く別の人が別の場所で別の時間に撮影する
・同じ形の光体(目には見えない)が撮影される

などということは、人間業では全く不可能なので、「やっぱり神さまがなさることなのだ」と考えざるを得ないのです。

天照大日大神(1)(ピンクの光体が前掲の「太陽神(1)(2)」と同形。H29年10月撮影。安藤妍雪先生ご提供)
天照大日大神(2)(H29年10月撮影。安藤妍雪先生ご提供)

あじまりかん講座:神々の降臨(完)

関連ページ:あじまりかん講座:あじまりかんの預言

 
 
 
 

これが大元霊のお姿だ!

本当の話:これが大元霊のお姿だ!/斎藤 敏一

作成:2018年1月12日、最終更新日:2018年1月14日


◎「あじまりかん」を百万回唱えた方からの報告

 2018年は何か大きなことが起きる年になりそうです。
 年が明けてからのことです。『あじまりかんの法則』を読まれた福島県の前山さんから、次のような素敵なメールが舞い込みました。

 新聞の広告でしたか? 「あじまりかんの法則」を知りました。 「ああこれだ!」と思い、さっそく本を注文しました。(届くまで1ヶ月近くかかりました。)
 少しずつ、あじまりかんを唱えていましたが、きちんと数えて100万回に挑戦してみようと思いました。
 指折り数えたり、カウンターを使ったり、9月23日から始めて、12月27日に100万回を数えることが出来ました。

 「100万回あじまりかんを唱えた人がいつ登場するかな」と楽しみにしていたのですが、遂に登場しました。しかも、ちゃんとカウンターを使って数えられたということです。
 「あじまりかん」を唱え続けている間には、「臨時収入があったり、困ったことがあっても難なく済んだり、鼻血が出たり」と色々なことがあったそうです。
 百万回唱え切ったというのはすごいことなので、「おめでとうございます」という返事を書きました。さらにそのメールには、次のような続きがありました。

 目を閉じるといつも、丸にチョン、台風の目のような、渦のような物が見えます。
 それが大きくなって、白や金色に輝いて、熱いようだったり。 このまばゆい光とエネルギーをどう言葉であらわしたらいいかわかりません!
 夜九時に斎藤先生に意識を向けても、やはり同じような光✴や、エネルギーを感じます。

 「まるにチョン、台風の目のような、渦のような物が見えます」という部分を読んで、思わず以下のような説明を書きました。

 前山さんがご覧になっているものは「大元霊」と呼ばれる「あじまりかん」の本体である宇宙創造神のお姿です(人によって見え方や感じ方は色々です。無理に解釈する必要はありません)。
 宇宙創造神がご自身を分けられて一人一人の人間の直霊(なおひ)を産み出されたのです。「あじまりかん」を唱えることによって、無条件に宇宙創造神が降臨されるので、あなたのような体験をされる方も出てくるのです。感謝で受け止めていただければ結構です。

 私はいつも大元霊の波動を感じていますが、前山さんのように具体的な霊視はできないので、大いにビックリしたわけです。ビックリした訳というのは、拙著『アジマリカンの降臨』の中で、次のような大元霊の姿について書いていたからです。

宇宙の構造(渦巻き構造の例)

 「あじまりかん」という言葉は、宇宙を創造し続ける渦(うず)々(うず)しい神の姿を表現していることが分かる。
 写真「一輪の蓮華」と図「宇宙の構造」をご覧いただきたい。世尊(直接的には釈迦であるが、蓮華蔵世界の中心者である久遠の毘盧遮那仏の象徴である)が一輪の花を拈(ひね)って示そうとした真意が明らかになる。一輪の花の形が重要である。花には中心(=花心と軸)が存在する。同じように、宇宙において普遍的な「渦巻き」構造にも中心が存在する。釈迦は花を拈って見せたと言われるが、これは「中心を持った渦巻きを代表とする回転運動系」を示す所作だ。中心を持った物体の集合は回転を伴うが、回転することによって渦巻き構造(あるいは回転運動系)が維持される。大本・日月神示が語る「一厘の仕組」とは、宇宙を成り立たせている渦巻きの法則そのものだったのだ。

 前山さんのレポートを読んで「これはすごいぞ。絵に描いていただこう!」と思い、お願いして絵を描いていただいたのです。

◎これが大元霊のお姿です

 前山さんから送っていただいた画像(見たままをクレヨンで描いていただきました)をご紹介します。

丸にチョン、台風の目のような、渦のような物
それが大きくなって渦巻いている
白や金色に輝いて、熱いようだったり–造化三神の姿が現れている

 前山さんは、「あじまりかん」を唱えている間、いつもこのようなイメージをご覧になっているということです。
 新年早々すごいものを見せていただきました。
 前山さんには、この場を借りて感謝いたします。どうもありがとうございました。

 

【参考資料】
・『あじまりかんの法則
・『アジマリカンの降臨

あじまりかんの預言

富士山頂から見るご来光

あじまりかん講座:あじまりかんの預言(相模大野第一回)/斎藤 敏一
作成:2017年12月22日、最終更新:2018年5月5日
 
●大本預言の書き替え
 以下の大本預言は「あじまりかん」の降臨によって書き替えられた!
 つまり、大本預言の通りにはならない。
 なぜなら、「あじまりかん」こそが、大本の預言した「とどめの神」、「まことの神」だからである。言い替えれば、大本の神や日月神示の神はとどめの神ではなく、途中経過を担当する神だったということである。

①大本神諭(お筆先)の宣言
 千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。神が表に現れて三千世界の立替え立直しを致すぞよ。(明治二十五年旧正月)

② 一厘の仕組とは

 天理、金光、黒住、妙霊、先走り(江戸末期から明治にかけての教派神道教団名)、とどめに艮の金神(大本教団の主神・国常立命)が現れて、世の立替をいたすぞよ。世の立替のあるということは、どの神柱(前記の教派神道の教祖たち)にもわかりておれど、どうしたら立替ができるということは、わかりておらんぞよ。九分九厘までは知らしてあるが、もう一厘の肝腎のことは、わかりておらんぞよ
……大本開祖・出口なおのお筆先( 明治二十五年旧正月某日、大本神諭・天の巻)より

③立替えと立直し
 この世は強いもの勝ち、われよしの悪魔ばかりの世であるから、このまま先へ行ったら世界は泥海になって滅びるほかはない。そこで神が表にあらわれて善と悪とをたてわける。三千世界を大洗濯し新たに立替え立直して、世界を一つに丸め、万劫(まんごう)末代つづく神国の世にいたす。
 しかしそこへいくまでに越えねばならぬ大峠があるから、人民は一日も早くまこと一つの神にめざめよ。改心できねは、人民が三分にへるような絶体絶命の世にいたるであろう。
……大本の予言警告のキイ・ポイント

●斎藤の預言(2017年)

 世界広しと言えども、こんなすごいことを言っているのは「あじまりかん友の会(斎藤)」だけ。実際のところ「あじまりかん」が斎藤にすごいことを言わせているのだ。

(A) 「あじまりかん」の預言
 聖書の黙示録や大本神諭、日月神示は、終末の大峠、すなわち、最終戦争や大災害による人類滅亡といった事態は回避不可能だと警告する。それらの文書に書かれた未来のシナリオは余りにもお粗末で、人類がひどい目に遇うことしか書かれていない。それらの預言では、大破局の後で神や救世主が降臨するという。だが、そんな間抜けな神や救世主は役立たずだ。思うに、彼らの神は本当の神ではないから、みんなが揃って幸せになるというシナリオを書くことができず、人類をできるだけ脅しておこうといった預言になってしまったのだ。
 筆者は本書において、「人類が丸ごと救われてしまう」という型破りではあるが最高の結末のシナリオを書いた(あるいは本当の神によって書かされた)。そのシナリオの主役は「とどめの神」である。そして、そのシナリオに沿って人類の歴史が進行しつつあるからだ。イエス・キリストや出口王仁三郎師、あるいは、日月神示が警告する人類の破局的終末は既に回避されてしまっているのだ。
 ……『アジマリカンの降臨』プロローグより

(B) 「あじまりかん」はとどめの神=>世界神道の神=>最高神だから当然
 ただでさえ難しい日本神道なのに、「世界神道」などという新しい構想を提唱する筆者の意図を説明しなければならない。
 まず「世界神道」とは筆者の命名である。「世界神道」とは、大神呪「あじまりかん」を含む天皇行法を実践する道(方法論)である。天皇行法を実践する道のことを、「あじまりかんの道」と呼ぶ。
 なぜ「世界神道」なのか?! その命名には大きな理由がある。「『あじまりかんの道』は全人類が丸ごと救われる道」だからである。これは科学的に立証できるのである(本書の「エピローグ」で立証する)。
 「世界」という用語を使用する背景には、さらに深い理由が存在する。「『あじまりかんの道』は科学的に証明されている方法論」である。ただし、ここでいう「科学」とは、現代科学ではなく古神道の神霊科学である。なぜ「科学」なのか? それは、「あじまりかんの道」が、千七百年以上にわたって日本の宮中と山蔭神道で実践され続けてきたことによって、その有効性が実証されているからである。「あじまりかんの道」が千七百年以上の時の流れに耐えて今も残っているという事実こそ、「世界神道」が科学性を備えていることの証なのだ。
……『アジマリカンの降臨』プロローグより

●あじまりかんの科学

 山蔭神道の故山蔭基央師は、多くの古神道関連著作を残されている。上図は、師の著作『神道の神秘』の「第五章 古神道の霊学」より、筆者がダイジェストしたものである。
 宇宙創造神(=大元霊)は、またの名を天津渦々志八津奈芸天祖大神(あまつうずうずしやつなぎあめのみおやのおおかみ)と呼ばれ、人間は大元霊の分霊である!
 だから、「あじまりかん」は親神の波動をダイレクトに子神(=人間である)に伝えることができるのだ。
 ここに示す「アジマリカンの図」は、山蔭神道で伝承されているアジマリカンの秘儀を図解したものだ。この図は、中心のアジマリカン行者(「あじまりかん」を唱えている人)が、天之御中主神に繋がって、陽・陰の渦巻くエネルギー(高御産巣日神と神産巣日神のエネルギー)を受け止めている状態を示しているものだ。図の左右の神代文字はアキル文字と呼ばれ、「アチマリカム」と書かれている。中央の六芒星はユダヤのマークではなく、陽と陰の結び(「産霊(むすび)」と書かかれることがある)が行われていることを表現している。

アジマリカンの図(山蔭基央著『神道の生き方』に掲載された図で、中央の「あじまりかん行者」と大元霊の渦巻きエネルギーが繋がっている状態を示す)

 「あじまりかん」を唱える人はみな幸せになれるのは、神(=大元霊)と人間(=子神)の親子関係より当然の結果である。
 この神と人間の親子関係は科学(=事実)なので、「あじまりかん」にお願いすれば全てうまくいくのである。
 この『「あじまりかん」の科学』は2017年(今年)に世に出たばかりだが、真実である。神の世界の真実とは極めてシンプルで、子供でも分かるのだ。もう一度言う、「あじまりかんを唱えれば、そこに親神である宇宙創造神が降臨する」。

●山蔭神道から世界神道へ

 最近分かってきたことだが、私は約二千年間続いてきた山蔭神道に対して画竜点睛を入れた人間である(らしい)。論語読みの論語知らずの山蔭神道に「あじまりかんの真義」をもたらすことによって山蔭神道を完成させ、「あじまりかんの道」が科学的であり再現性を持つことを証明することによって、世界神道へと昇華させたのである。
 山蔭神道を「あじまりかんの真義」によって昇華したら本当に世界神道になるのか?
 どなたもそのように思われるであろう。唐突な話であり、無理もないことだ。
 だが、これには明確な根拠があるのだ。その根拠は、「あじまりかんが大元霊=造化三神=根源神から出たものである」という事実に基づいている。
 山蔭神道はその事実を忘れ去って久しい。だが、そろそろ山蔭神道は二千年の永い眠りから覚める時が来ているのではないか?!
 私にそのようなことを言わせているのは、応神天皇の親、すなわち、国祖=天皇霊=アメノヒボコである。日本の魂そのものが私を通して訴えているのであり、私に言わせれば当たり前のことなのだ。「山蔭神道を起こしなさい」と応神天皇に命じた当人が私に『アジマリカンの降臨』を書かかせたのである。この種の霊的真実は物証が伴わない限り証明不可能であるが、「あじまりかん」を唱えることによって追体験可能である。嘘か真かについては「あじまりかん」に聞けということである。必ず私の言っていることが本当であると分かるであろう。
    *    *    *
 私はここに宣言する。
 「あじまりかんの道」こそ大和魂復活の狼煙であり、眠りこけている日本に活を入れ、全人類救済の巨大な灯火へと燃え上がらせる希望の光である。

あじまりかん講座:あじまりかんの預言(完)