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機関誌第34号を発行しました

機関誌第33号を発行しました/斎藤 敏一
作成:2023年6月11日、最終更新:2023年6月20日
 

◆機関誌第34号を発行しました
 機関誌『あじまりかん通信』の第34号を発行しました。今号は大増頁(+10頁)で、以下のような内容となっています。
 「建国編」の最終回(第四弾)となります。前回の“弥勒世完成までの思考実験 (1)”を受けて、今号は思考実験の後半となります。
 最近は「アセンション」というキーワードにしばしば出会います。筆者は「アセンションではなく神化が起きる」という意見です。アセンションについて、色々と調べてみると、次のような派閥があるということが分かります。破局派、漸進派、開示派、招待派、というのが筆者の分類です。
 筆者は招待派ですが、宇宙に向かって意識が開いており、宇宙人やUFO関連の情報がたくさん飛び込んできました。筆者の意識状態を反映して、頁がどんどん膨らんでしまいました。とにかく宇宙は面白いです。以下巻頭言を引用します。

巻頭言 — 〝エイリアンインタビュー〟の衝撃

この世界で何が起こっているかを知ろうと、小生は毎日ネットサーフィンしている。その最中に、宇宙人絡みでとんでもない本に出会ってしまった。その本の内容が余りにも衝撃的だったので、今までとは同じ気分ではいられなくなったくらいだ。その本の名は『エイリアンインタビュー』。同書は、1947年7月に起きた「ロズウェル事件」に関するものだ。UFOファンならば「ロズウェル」はご存じだろう。合衆国ニューメキシコ州・ロズウェルで起きたUFO墜落事件の真相を報告する作品である。
同書の中身については連載記事に譲るが、簡単に言うと「UFO墜落事故で生き残った異星人がインタビューに応えて語った話」なのだ。同書の存在を知らなかった方であれば、「エエーッ! そんなこと本当なのか!!」と思わず叫んでしまうようなことが沢山語られている。
地球が牢獄惑星であること。輪廻転生で記憶がなくなるのは、人類をいつまでも牢獄に留まらせるために、意図的に前世も含めた記憶が消去されるからであること。その昔に宇宙戦争があって、古い地球の支配者(=旧帝国)はドメイン勢力(本文参照)によって滅ばされたが、旧勢力の記憶消去装置は破壊できてないので、人間は輪廻転生の度に強制的に記憶喪失になること、などなどである。
荒唐無稽だと断じて『エイリアンインタビュー』を読まなかったことにしたい。だが、古神道的な真理「人間も人類も永遠の生命で神と等しい存在(=IS―BE、意味は「存在し○○になる」)である」とも語っている。一概に否定できないところが難物なのである。この「IS―BE」とは、山蔭神道などの古神道で説かれる「直霊(なおひ)」に相当する概念である。だから、簡単に否定できないので困っているのだ。しばらくの間、『エイリアンインタビュー』の内容で悩む日が続くことだろうが、アジマリカンでひっくり返そうと思う。


 今号の内容が膨らんだのは、YouTubeで不思議なUFO「神世三剣UFO」を見たことに端を発しています。それとほぼ同時に、ロズウェル事件の生き残り異星人のことを書いた本『エイリアンインタビュー』を読んだことも内容に反映されています。紙の本としての『エイリアンインタビュー』は、現在はほぼ入手不可能になっています。多くの人が同署に注目しており、確かに衝撃的でした。

 第34号は以下のような内容です。詳細は会員になっていただくことで楽しむことができます。

【目次】
 神奈川県開成町あじさい
 あじまりかん人物評伝(61)マチルダ・オードネル・マックエルロイ(1924―2007)
 巻頭言 — 〝エイリアンインタビュー〟の衝撃1
 連載 あじまりかんの渦 建国編3
 第三四章 弥勒世完成までの思考実験 (2)3
  東京環状8号線上空に神世三剣が出現した 3
  弥勒世の実現には宇宙艦隊が関わってくる! 7
  『宇宙からの黙示録』に予言された時がやって来た 9
  何種類もあるアセンションの考え方 11
  宇宙連合との国交を開始するには 15
  アセンションではなく〝神化〟である 17
  ロズウェル事件のエイリアンインタビュー 20
  アジマリカンは波動兵器である 24
  異星人エアルが接触してきた⁈ 26
  『エイリアンインタビュー』をどこまで信用すればよいのか⁈ 28
  地球人類が付き合うべき宇宙勢力とは⁈ 33
  普通人には宇宙人のことは分からない 34
  普通人のためのアジマリカン 35
 神道新教本庁訪問記③38
  おやしろ様とアジマリカンの関係 38
 永遠の生命を生きる40
  (1)母の臨死体験を語る 40
 編集後記42
 あじまりかん人物評伝(62)木内鶴彦(1954―)43
 深大寺(東京都調布市深大寺元町)44

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機関誌第28号を発行しました

機関誌第28号を発行しました/斎藤 敏一
作成:2022年6月14日、最終更新:2022年6月14日
 

◆機関誌第28号を発行しました
 機関誌『あじまりかん通信』の第28号を発行しました。以下のような内容となっています。機関誌は会員になることで読むことができます。
 「開示編」の第三弾として大増ページで、「大魔神」=日本の神について明らかにしました。今回、執筆者に大魔神から雷鳴のような神命が降りてきました。神命とは日本の今後に関するメッセージで、皇位継承に深く関連した内容です。
 大魔神の正体は地球神「サナート・クメラ」で、「艮の金神」とか「国常立尊」とか呼ばれる神様です。要は地球の中心の神様です。また、この神様は日本建国時にアメノヒボコによって兵主神として祭祀されています。日本の中心の神=地球神だったのです。
 詳しくは会員になって本文をお読みください。

【目次】
ツヌガ君と大魔神(福井県敦賀市氣比神宮)
あじまりかん人物評伝(49)岡潔(1901―1978)
巻頭言 — 遂に日本国民のための政党が現われた!
連載 あじまりかんの渦 開示編
第二八章 天皇霊と日本国魂
 今は国難の時代――アジマリカンと国難の関係
 これから展開してゆく神経綸は聖書預言の通りにはならない
 『聖書』は唯物論の温床である
 契約の箱も三種の神器もただのモノ(物質)でしかないこと
 日本民族の凄さは天地自然を神であると感じていたこと
 日本原理を語れないユーチューバーたちの限界
  【日本原理とは何か】
 高市早苗氏の「男系の女性天皇ならば反対しない」発言について
  【高市早苗氏「女性天皇容認、女系天皇に反対」の背景】
 男系男子による皇位継承説は亡国への誘い――皇位継承ルールを変更せよ
 私に絶対命令を降した神が日本原理の中核存在である
 大嘗祭の主役は不可視の天皇霊である
 どうして天皇霊を語らなければならないのか
 ようやく愛子天皇論に到着した
 天皇国・日本の存続が第一である
 これからの日本のために皇位継承ルールを定め直す
 裏天皇と八咫烏が存在する意味とは
 日本の国魂は地球神である
日本国源流抄(鹿島から鹿児島へ)
惑星経営・宇宙経営の序
編集後記
あじまりかん人物評伝(50)垂仁天皇・タラシヒコ(三世紀)
穴師坐兵主神社(奈良県桜井市)

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『結び、愛国、地球維新』のご紹介

『結び、愛国、地球維新』のご紹介/斎藤 敏一
作成:2022年5月23日、最終更新:2022年11月2日
 

最新刊『結び、愛国、地球維新』の発売
 日本建国社の新刊『結び、愛国、地球維新』のご紹介です。副題は「黒船(UFO)だ、開港せよ!」ですが、その意味は「黒船とはUFO・異星人のことであり、狭い地球だけではなく宇宙にも目を開いて新しい時代に向けて生き抜いていこう」というものです。
 本書は次のような内容です。

プロローグ
 還暦プログラマに降臨した神の正体とは?
 日本民族が日本魂を取り戻すには
第一章 日本は結びの国である
 アジマリカンとは結びの言霊。日本は結び(神=アジマリカン)の国である。
第二章 愛国心とは国と人の結び
 日本の国難を救うのは愛国者である。究極の愛国心は日本建国の秘密を知るところからしか生まれない。
第三章 日本のマインドコントロールを解く
 日本にかけられた呪いを解除する!! GHQのWGIPとは何か?! 戦後日本が受けている洗脳とはアメリカの呪いである。
第四章 UFO・異星人は実在する!
 洗脳が解除された頭で日本の未来を考えよう。UFOとは地球の目覚めを促す黒船である。ディスクロージャープロジェクトの日本的展開。
第五章 令和時代が弥勒世本番である
 令和時代に弥勒世本番の姿が現われてくる。弥勒世の鍵は日本が握っている。そして、すべてがひっくり返る!
第六章 弥勒世完成の鍵
 弥勒世感性の鍵はフリーエネルギーである。「バック・トゥ・ザ・昭和」とはどういう意味か?
第七章 日本の仕組が世界標準になる
 これからは日本の仕組(ジャパン・システム)が明らかになってくる。ジャパン・システムとは日本國体のこと。天皇位(天津日嗣)の継承について。
エピローグ
 日本これから大きく変貌する! 未来予測ではなく、我々日本人自身が日本をどういう国にしたいのかが重要である。

 以上のような新時代にふさわしい内容の作品です。ぜひ手に取って読んでいただきたいです。今後とも、日本建国社の作品をよろしくお願いいたします。
 詳細な目次は日本建国社のホームページをご覧ください。
→ https://nihon-kenkoku-sha.com/

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『アジマリカンの降臨』改訂第二版を出版しました

『アジマリカンの降臨』改訂第二版を出版しました/斎藤 敏一
作成:2021年11月11日、最終更新:2021年11月11日
 

◆『アジマリカンの降臨』改訂第二版を出版しました
 『アジマリカンの降臨』は、筆者が「あじまりかん友の会」を始める原点の作品です。従来は「あじまりかん友の会」のみで販売していましたが、改訂第二版から正式な出版物として書店に流通することにななりました。本書はAmazonなどのネットショップや各地の書店で購入可能となります。

 既に購入されている方も多いですが、未読の方はこの機会に是非お求めください。→ 書籍

【目次】
改訂第二版 はじめに
第一部 玉手箱編
 プロローグ — 三部作要旨
 本文 第一章~第五章
第二部 生命樹編
 本文 第六章~第九章
第三部 ミロク編
 本文 第十章~第十五章
 エピローグ — 三部作おさらい

【とどめの神が降臨した!】
 聖書の黙示録や大本神諭、日月神示は、終末の大峠、すなわち、最終戦争や大災害による人類滅亡といった事態は回避不可能だと警告する。だが、それは本当だろうか……。
 筆者は本書において、「人類が丸ごと救われてしまう」という型破りではあるが最高の結末のシナリオを書いた。そのシナリオの主役は「とどめの神」である。
イエス・キリストや大本預言、あるいは、日月神示が警告する人類の破局的終末は既に回避されてしまっているのだ。
 本書のページを開いて読み進めれば、貴方の目の前にとどめの神ご自身が降臨されるであろう。

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第二章 アジマリカンの言霊的属性 [Chapter 2 Kototama properties of Ajimarikan]


◆アジマリカン=願いを叶える言葉 [Ajimarikan = the word that grant your wishes]

 アジマリカンを唱えれば「願いが叶う」というのが、基本的な性質である。これは、アジマリカンという音が創造エネルギーそのものであるというところに由来する。後述する「結び」の働きや「造化三神の音声的表現」のところで詳しく説明するが、とにかくどんな願いでも叶えられるという性質がある。
 The basic property of Ajimarikan is that if you chant Ajimarikan, your wish will come true. This comes from the fact that the sound of Ajimarikan is the creative energy itself. I will explain in detail in the section on the function of “Musubi” and “phonetic manifestation of the three gods of creation” described later, but anyway, it has the property that any wish can be fulfilled.

 私の思想的な傾向から「アジマリカン=神」という論理を導き出してはいるが、それとは関係なく「アジマリカン=創造エネルギー」なので、アジマリカンを唱えながら想像(思念)したことが現実化する。だから、アジマリカンを唱えた人の立場で、以下のように望ましいことが起きてくるのだ。
 I have derived the logic of “Ajimarikan = God” from my ideological tendency, but regardless of that, “Ajimarikan = creative energy”, so what I imagined (thought) while chanting Ajimarikan becomes a reality. Therefore, from the standpoint of the person who chanted Ajimarikan, the following desirable things happen.

・自動車を運転している時、道路が混雑していて間に合いそうもないのに間に合った。
・欲しいものがあってお金がない時に、必要なだけのお金が入ってきた。
・曇っている時にベランダに出ると、いつも晴れる。
・職場に嫌な人がいて辛い時に、新しい仕事が入って楽しい職場になった。
・リンゴが食べたくなった時に、友達がリンゴを持って遊びに来た。
・長年苦しんでいた持病が治った。
・日常生活で何でも調子よく事が運ぶ。
・ When driving a car in time the traffic is so busy to be not in time, but arrived in time.
・ When wanting an item and not having the money, I got as much money as I needed.
・ When going out to the balcony when it’s cloudy, it always become sunny.
・ When having a hard time at work with people I didn’t like, got a new job and it became a fun place to work.
・ When wanting to eat an apple, my friend came to play with it.
・ The chronic illness that I had been suffering from for many years has been cured.
・ Everything goes well in daily life.

◆アジマリカン=そのものズバリの神 [Ajimarikan = the decisive Kami]

 前章で、私のアジマリカン体験で感じたものを「そのものズバリの神」と表現したが、これは皮膚感覚で感じた波動を「神だ!」と思っていたからだ。これは私の直観であるが、従来感じることができなかった何らかの存在を、私は無条件で「神」と呼んだ。だが、私のその認識は果たして正しいかどうかが肝心である。自分でそれを勝手に「神」と呼んでいるだけで、その正体が実は悪霊だったりしたら笑えない体験だということになる。
 In the previous chapter, I described what I felt in my experience with Ajimarikan as “the decisive kami” because I thought that the vibration I felt with skin sensation was “Kami!”. This is my intuition, but I unconditionally called “Kami” something that I couldn’t feel before. However, it is important that my perception is correct. Just calling it “Kami” by myself means that if the true character is actually a demon, it will be an experience that I cannot laugh at.

 そこで必要となるのは、その「神」が本物かどうか、真正な存在かどうかを確認することだ。この種の神秘体験において必要なのは、(=降りてきた霊存在の正体を見極めること)である。私のように、自身の神秘体験をあからさまに語る著作は意外に少ない。だから、「斎藤という男が『自分に神が降りた』などと突拍子もないことを言っている」と感じる読者が出てくることは避けられない。
 Therefore, it is necessary to confirm whether the “Kami” is genuine or not. What is needed in this kind of mystical experience is Saniwa (= identifying the identity of the spiritual beings that have descended). Unexpectedly few books, like me, openly talk about mystical experiences. Therefore, it is inevitable that some readers will feel that “a man named Saito is saying something like <Kami has come down to me>”.

 事実、そういうことが起きてしまった。拙著『すべてがひっくり返る』(ヒカルランド、2018年)という作品が、普通の出版社(ヒカルランド)から販売された時に、Amazonの該当ホームページにそういうコメントが付いてしまい、ちょっと焦ったことがある。「ひどい内容だ。出版社はサニワしないのか?」というものだ。作品の中のどこが悪いのかという具体的な指摘がなくて、ただ拙著を非難するコメントである。
 In fact, that has happened. When my book “Everything Turns Upside Down” was sold by an ordinary publisher (Hikaru Land, 2018), I was a little impatient with such a comment on the corresponding Amazon homepage. “It’s terrible. Doesn’t the publisher saniwa?” There is no specific indication of what is wrong with the work, and it is just a comment that blames my work.

 こういう読者はどこにでもいるようだ。すべての読者の気に入るような本を書くことは至難の業であり、事実上は不可能だ。筆者のような新人(いい年だが)が作品を公に出版する時は常に、内容を批判されるという覚悟が必要だという痛い事例となった。
 Such readers seem to be everywhere. Writing a book that all readers will love is a herculean task, and in effect impossible. Whenever a newcomer (but in old age) like me to publish works publicly, it was a painful case that I had to be prepared to be criticized for the content.

 私が自身の体験を明らかにするのは審神(さにわ)を期待しているからである。知人にプロ級の審神がいれば、間違いの少ない作品を世に問うこともある程度は可能だろう。だが、私のように技術者として何十年も働いてきた人間には、霊能者の知人がいないし、出版関係の知り合いもいない。だから、本を出す前に審神することは不可能に近い。
 I reveal my experience because I expect saniwa (= to be judged what god descended on me). If I have an acquaintance who is a professional grade saniwa, it will be possible to publish works with few mistakes. But a person like me who has worked as an engineer for decades has no psychic acquaintances and no publishing acquaintances. Therefore, it is almost impossible to judge before publishing a book.

 ここからが本題である。私が「神だ!」と認識した存在が真正のものかどうかを見極めなければならない。実際のところ、「アジマリカン」を念じた結果として、一体何モノが降臨したのであろうか?
「アジマリカン」で降臨する神の正体こそが、大いなる問題である。
 This is the main subject. We must determine if the existence that I perceive as “God!” is genuine. As a matter of fact, what kind of thing has come down as a result of praying “Ajimarikan”?
 The true identity of the kami who descends in “Ajimarikan” chanting is a big problem.

◆アジマリカン=とどめの神のコトタマ [Ajimarikan = The kototama of the Final Kami]

 前述の「出版社はサニワしないのか?」というコメントに対して、本論で反論しておこう。コメント者の本音を推察すると、「なんだか気に食わない」ということだろう。つまり「斎藤というヤツは嫌いだ」と言っていることになる。嫌いな理由を書くのも面倒だったのだろうと思う。だが、敢えてその理由を言っていただけるとありがたい(嬉しくはないが)。あるいは、その方自身が私を審神して、その結果を書けばよい。ない物ねだりではあるが……。
 Let’s refute the above-mentioned comment in this paper “why doesn’t the publisher saniwa?”. Guessing the true intentions of the commenters, it seems that they don’t like me. In other words, he says, “I don’t like the guy named Saito”. I think he was troublesome to write down the reason he disliked me. But I would appreciate it if he dared to tell me why (although I’m not happy). Alternatively, he himself can judge me and write the result. It’s something I don’t have, but …

 ここでハッキリさせたい論点は「アジマリカンの正体」である。その正体が決定されれば、筆者の正体も明確になると思うのである。拙著『すべてがひっくり返る』では、アジマリカンのことを「とどめの神のコトタマ」であると結論している。とどめの神の定義であるが、最後の最後にとどめを刺す神=最高神である、と言っている。そして結果的に「一切の宗教にとどめを刺す」、すなわち、「一切の宗教は役目を果たしてなくなる」ということも語っている。
 The issue I want to clarify here is “the true identity of Ajimarikan”. If the identity is decided, I think the identity of me (= Saito) will be clear. In my book “Everything Turns Upside Down”, I concluded that Ajimarikan is “the kototama (= spirit of Japanese) of the final Kami”. I defined the final Kami the “the Kami who finishes off all religions at the very end”. And I also said that “as a result, all religions will be disappeared after carrying out their role”.

 その意味では、斎藤は「とどめの神」を世の中に広める「とどめの神の伝達者」だということになる。「とどめの神が斎藤に降臨した」というところが、Amazonで拙著にコメントをつけた人物が引っかかったところではなかろうか。おまけに、精神世界分野では、今でも人気の高い出口王仁三郎師を「最後までとどめの神が降りなかった」人物としている。同著で特に王仁三郎師を批判しているつもりはない。だが、とどめの神を体現しなかったという私見を述べている。その辺りも引っかかるところかも知れない。出口王仁三郎師には「アジマリカン」というとどめの神が降りなかったので、論理的帰結として師は最後の救世主ではないということになる。師の信奉者であれば、ムッとする可能性はある。
 In that sense, Saito is “the messenger of the final Kami” who spreads “the final Kami” to the world. Apparently, the claim “the final god has descended to Saito” was caught by the person who commented on my book on Amazon. In addition, in the spiritual world, Rev. Onisaburo Deguchi, who is still popular, is regarded as the person to whom “the final Kami has not descended”. I do not intend to criticize Rev. Onisaburo Deguchi in the same book. However, I have stated my personal opinion that he did not embody the final Kami. He may be caught in that area as well. Master Onisaburo Deguchi did not have the final Kami, “Ajimarikan”, so the logical consequence is that he is not the last savior. If he is a follower of master Onisaburo, he could be bad-tempered.

 そのようなことが、読者の「サニワしないのか?」コメントに繋がっているのではなかろうか。作者としては「そういう言いにくいことを言って欲しかった」と思うのだが、具体的な指摘が全くないので反論もできない。そういう反論できないコメントを付ける読者は卑怯である。「言いたいヤツには言わせておけばよい」という気持ちもあるのだが、何ともスッキリしないコメントだったので、困惑したのである。「人の本に意見を言いたいなら、『サニワ』などという言葉を使わずに具体的に指摘せよ」と言っておこう。
 That may have led to the reader’s comment, “Why doesn’t the publisher saniwa?”. As the author, I think “I wanted him to say such a difficult thing to say”, but I can’t argue because there is no specific point. Readers who make such irrefutable comments are cowardly. There is a feeling that “I should let the person who wants to say it”, but I was confused because the comment was not clear at all. Let’s say, “If you want to give an opinion to other person’s book, point it out concretely without using word such as “saniwa”.

◆アジマリカン=天皇行法を構成する行法 [Ajimarikan = the ascetic practice that constitutes the Emperor’s ascetic trainings]

 私の「アジマリカン体験」とは、神の体験に他ならない。それまで誰も「アジマリカン」という言葉の意味を解いた人物は出てきていなかったのだ。だが、山蔭神道という古神道の一団体では、事ある毎に大神呪「アジマリカン」をえるという。「アジマリカン」は秘密のヴェールの奥に隠されていた言葉なのだ。
 My “Ajimarikan experience” is nothing but the experience of God(=Kami). Until then, no one had understood the meaning of the word “Ajimarikan”. However, it is said that a group of Ko-Shinto called Yamakage Shinto praises the great Kami Spell “Ajimarikan” every time. “Ajimarikan” is a word hidden behind a secret veil.

 山蔭神道の前管長・山蔭基央師(故人)が、その著作『古神道の生き方―【古神道の思考と実践】』の中で「大神呪『アジマリカン』を唱えよ」と語っていることが、「アジマリカン」の正体が真正のものであることをしている。
 Motohisa Yamakage (deceased), the former president of Yamakage Shinto, said “pray Ajimarikan” in his book “The Way of Life of Ko- Shinto– [Thoughts and Practices of Ko- Shinto]” , proves that the identity of “Ajimarikan” is genuine.

「アジマリカン」の表記には片仮名と平仮名の二種類があるが、特別な意味合いはない。見た目のことをいえば、「あじまりかん」の方が柔らかい感じがするが、発声(または発念)すれば全く同じであるから、仮名の種類については神経質にならなくてもよい。本文中では「アジマリカン」で統一する。
 There are two types of “Ajimarikan” notation, katakana「アジマリカン」 and hiragana「あじまりかん」, but they have no special meaning. The appearance of hiragana is felt softer, but it is exactly the same if you utter (or think), so you don’t have to be nervous about the type of kana. In the text, it is unified as katakana「アジマリカン」(in Japanese sentences only).

 ここで、天皇行法とは山蔭神道に伝わる、大神呪「アジマリカン」なるの奉唱と、「自霊拝」という、二種類の修行方法をせたものであることを頭に入れて置いていただきたい。何しろ、応神天皇の時代から「アジマリカン」が伝承されているのだ。佐藤博士の『日本とはどんな国』P.74に「天皇行法」についての次の既述がある。
 Here, keep in mind that the Emperor’s ascetics is a combination of two types of training, the singing of the great Kami’s spell “Ajimarikan” and the “Jirei-hai (= worshiping own spirit)” that are handed down in Yamakage Shinto. I want you to memorize it. After all, “Ajimarikan” has been handed down since the time of Emperor Ojin. Dr. Sato’s “What kind of country is Japan?” P.74 has the following statement about “the Emperor’s ascetics”.

 『天皇行法』は、皇祖天照大神の当初から伝えられ。初代天皇以来歴代の天皇が、身をもって御親裁遊ばされた秘法である。『すめらみこと』(天皇)とは、この行法を身をもって修正し、その行法の『いのち』が、御身の中にIncarnateなされた御方をいうのであった。
 すなわち、天皇の御資格は、この行法の修行完了にある。この行法修行によって、天皇の位格が定まった。それほどに重大かつ神秘のものであるから、これを厳秘中の厳秘として保有されたものであろう。
 ”The Emperor’s ascetics” was handed down from the beginning of Amaterasu Omikami (= from the era of Japanese Mythology). It is a secret method that has been played by successive emperors since the first emperor. “Sumeramikoto” (the emperor) was the one who performed this practice by himself and the “life” of that practice was incarnated in his body.
 In other words, the qualification of the emperor lies in the completion of the training of this practice. The hypostasis of the emperor was determined by this practice. Since it is so serious and mysterious, it must have been held as confidential.

 ところが、応神天皇の時代にいたり、内外多端のため、天皇御親裁ではことを欠くことが多く、側近のうちより霊能ゆたかな臣下を選んで、その行法をどらしめ、研鑚を積ましめた。
 その司の家筋が、当時から今日まで約一千六百年にわたって存続し、七十九代相続している。この家筋の人々は、天皇の背後にあって、専心その道を修行し。たえず天皇に奉仕し奉った。
 However, when the era of Emperor Ojin has come, and owing to the pressure of events inside and outside, he often lacked in the emperor’s parental decisions, he chose a psychic vassal from among his aides, made him govern and study the ascetics.
 The office’s family line has survived for about 1,600 years from that time to the present day, and has been inherited for 79 generations. Behind the emperor, the people of this family practiced their way devotedly. They constantly served the emperor.

 天皇の蔭に侍して、奉行申し上げるから、その『天皇行法』のことを、別名では『天皇神道』または『山蔭神道』と称している。
『山』とは天皇の御事、『蔭』とは、その背後に侍ることである。長年にわたる研鑚の記録は、これを禁書秘録と称して、天皇とその司の外には、誰人も見ることが厳禁されて、今日にいたっている。
 しかるに、日本の国家にとっても、ついにこれを世界に公表すべき『天の時』が到来し、日本の有史以来、民草も始めてこれを知ることができるようになった。
 Since they have been served the successive emperors in the shade (= “kage” in Japanese), we call the Emperor’s ascetics “Emperor Shinto” another name “Yamakage Shinto”.
 The “mountain (=”yama” in Japanese)” is a language of the Emperor, and the “shadow (=”kage” in Japanese)” is serving behind the Emperor. Many years of study records are called a banned book confidential record, and it is strictly forbidden to see anyone outside the Emperor and his office, to this day.
 However, even for the Japanese nation, the “time of heaven” that should be announced to the world has finally arrived, and since the dawn of history of Japan, the people has become able to know this for the first time.

 以上のレポートからも、今までずっと「アジマリカン」が唱え続けられたことは疑いのない事実である。大神呪と言われる「アジマリカン」が悪いものであるはずがない。「アジマリカン」が悪いものであれば、どこかの時点で捨てられていたはずだからだ。
 From the above reports, there is no doubt that “Ajimarikan” has been chanted all the time. The “Ajimarikan”, which is said to be a great Kami’s spell, cannot be bad. If the “Ajimarikan” was bad, it would have been thrown away at some point.

◆アジマリカン≠トホカミエミタメ [Ajimarikan ≠ Tohokamiemitame]

 大神呪と呼ばれる呪言は「アジマリカン」だけではない。「トホカミエミタメ(トホカミエヒタメ)」も大神呪と呼ばれているが、「アジマリカン」とどこが違うのだろう。大神呪には「神」という文字が入っているが、それだけならば「トホカミエミタメ」も同様である。だが、両者には本質的な違いがあるはずだ。両者の違いは実際に称えた時の音感からも明らかである。
 ”Ajimarikan” is not the only spell called the great Kami’s spell. “Tohokamiemitame” is also called the great Kami’s spell, but what is the difference from “Ajimarikan”? The great Kami’s spell contains the characters “okami(=大神)”, but the same is true for “Tohokamiemitame”. But there must be an essential difference between the two. The difference between the two is clear from the sense of pitch when actually chanting.

 まずは、「アジマリカン」を実際に称えた時の音感である。
 First of all, the acoustic feeling when actually chanting “Ajimarikan”.

1.「アジマリカン」には明瞭なリズム(「ジ」・「リ」・「ン」の三拍子)がある。この三拍子とはワルツのリズムである。
2.「アジマリカン」には明るい響きがある。「ア」の母音が三つもある。陽性。
3.「アジマリカン」には動きがある。「リ」の音が回転感覚をもたらす。
4.「アジマリカン」は繰り返し称えることが前提となっている。
5.「アジマリカン」にはレーザー光線のような強い指向性がある。

  1. “Ajimarikan” has a clear rhythm (the triple time of “Aji”, “Mari”, and “Kan”). This triple time is the waltz rhythm.
  2. “Ajimarikan” has a bright sound. There are also three “a” vowels. Positive.
  3. There is movement in “Ajimarikan”. The sound of “ri” brings a sense of rotation.
  4. It is premised that “Ajimarikan” is repeatedly chanted.
  5. “Ajimarikan” has a strong directivity like a laser beam.

 同じように、「トホカミエミタメ」固有の音感を列挙してみよう。
 In the same way, let’s enumerate the unique sounds of “Tohokamiemitame”.

① 「トホカミエミタメ」のリズムは「トホミ」・「エミメ」の二拍子であると感じる。柱時計の振り子のリズム。「ホ」・「ミ」・「ミ」・「メ」の四拍子という捉え方もある。
② 「トホカミエミタメ」にはじわっとした響きがあるが、「薄明」の明るさである。
③ 「トホカミエミタメ」は音としての動きが少なく、籠もった感じがする。陰性。
④ 「トホカミエミタメ」を唱えると「トホカミ」が終わったところで引っかかる。繰り返し唱えることが難しい。
⑤ 「トホカミエミタメ」には「カミ」の音が含まれる割には、あまり「神」を感じない。「アジマリカン」と比較すれば優しい感じがする。やや女性的な響きである。
(1) I feel that the rhythm of “Tohokamiemitame” is a double time signature of “Tohokami” and “Emitame”. The pendulum rhythm of the wall clock. There is also a way of thinking that it is a four-beat of “Toho”, “Kami”, “Emi”, and “Tame”.
(2) “Tohokamiemitame” has a gentle sound, but it is “twilight”.
(3) “Tohokamiemitame” has little movement as a sound and feels like to be shut. negative.
(4) If you chant “Tohokamiemitame”, you will get caught at the end of “Tohokami”. Difficult to recite.
(5) Although “Tohokamiemitame” contains the sound of “Kami”, I don’t feel “kami” very much. It is felt gentle compared to “Ajimarikan”. It sounds a little feminine.

 以上のような分析結果から見れば、大神呪「アジマリカン」には、最初から明確な設計目標があったことが想定される。「アジマリカン」の設計目標とは、次の通りである。
 From the above analysis results, it is assumed that the great Kami’s spell “Ajimarikan” had a clear design goal from the beginning. The design goal of “Ajimarikan” is as follows.

「強く明るく調子よく『神力』を発動させる」
“Actuate ‘Kami’s power’ strongly, brightly and in good condition”

 この設計目標は、システムエンジニアとして「アジマリカン」という言葉をリバースエンジニアリング(=設計思想の抽出)した結果である。「トホカミエミタメ」は女性的で優しい感じがするが、「アジマリカン」ほどの強さや明るさが感じられず、リズム感も乏しい。
 This design goal is the result of reverse engineering (= extracting the design concept) the word “Ajimarikan” as a system engineer. “Tohokamiemitame” is felt feminine and gentle, but it isn’t felt as strong or bright as “Ajimarikan”, and it lacks a sense of rhythm.

 もっとも、私がどんな解析結果を述べようが、それは私の個人的な感覚や体験から出てきたものであり、完全に証明されるような性質のものではない。言えるのは、「アジマリカン」に関して私が列挙した各々の特性は蓋然性が高いということである。故山蔭基央師は『神道の生き方』の中で、次のようなことを語る。
 However, no matter what analysis I give, it comes from my personal feelings and experiences, not of a completely proved nature. What I can say is that each of the properties I have listed for “Ajimarikan” is highly probable. The late Motohisa Yamakage talks about the following in “The Way of Life in Shinto”.

 山蔭神道に伝えられる大神呪「アジマリカン」を唱えると、神秘な奇跡が起こると言われている。
 山蔭神道では、神秘的な祈禱の際には、この大神呪が唱えられる。もちろん、毎日の祈りにも、鎮魂・瞑想のときでも唱えられるのである。
 It is said that a mysterious miracle will occur when you recite the great Kami’s spell “Ajimarikan” that is handed down in Yamakage Shinto.
 In Yamakage Shinto, this great Kami’s spell is chanted during mysterious prayers. Of course, it can be chanted in daily prayer and during chinkon (= repose of soul) and meditation.

 前掲著内で山蔭師は、「アジマリカン」を唱えて起きた奇跡の事例を、幾つも挙げておられる。「アジマリカン」が神秘の力を持ったコトタマであることは間違いがなかろう。だが、「この言葉は古伝であって、意味は不明である」(『神道の神秘―古神道の思想と行法』春秋社、2000年)とも語っている。
 In the above-mentioned book, Rev. Yamakage gave a number of examples of miracles that occurred by chanting “Ajimarikan”. There is no doubt that “Ajimarikan” is a kototama with mysterious power. However, he also said, “This word is an ancient tradition, and its meaning is unknown” (“The Mystery of Shinto: Thoughts and Practices of Ko- Shinto”, Shunjusha Publishing Co., Ltd., 2000).

 佐藤博士は『日本とはどんな国』で、「『アジマリカン』とはヘブル語で『世の罪を負う祭司長』の意味である」と発表されている。だが、山蔭師は納得されなかった様子(前掲著P.79「いずれも正鵠を得ているとは思われない」)である。
 Dr. Sato has announced in “What kind of country is Japan?” “‘Ajimarikan’ means ‘the chief priest who bears the sins of the world’ in Hebrew”. However, it seems that Mr. Yamakage was not convinced (P.79, op.cit., “I don’t think any of them have obtained the right answer”).

◆アジマリカン=「結び」の働き [Ajimarikan = The Function of “connection” (”musubi” in Japanese)]

 拙著『日本建国の秘密 ヤコブ編』の第五章で、次のような「の法則」について書いた。
 In Chapter 5 of my book, “The Secret of the Founding of Japan, Jacob Edition”, I wrote about the following “laws of one, two, three”.

「アジマリカン」は「あじ」、「まり」、「かん」の三拍子で創造原理を表現している。拍子毎に二個の音素が含まれた二重の音節構造である。
日本建国に関連する重要な要素を三拍子で表現すると次のようになる。
 ”Ajimarikan” expresses the creation principle with the triple time of “Aji”, “Mari”, “Kan”. It is a double syllable structure containing two phonemes for each beat.
The important elements related to the founding of Japan can be expressed in triple time as follows.

【表:一二三の法則=「アジマリカン」の創造原理】

一 [One]
二 [Two]
三 [Three]
備考 [Note]
 あじ [Aji]
 まり [Mari]
 かん [Kan]
 結びのコトタマ [Kototama of connection]
  陽(高御産巣日神)[Plus(Takamimusubi-no-kami)]  陰(神産巣日神)[Minus(Kamimusubi-no-kami)]   陽陰合体の創造物 [Plus-Minus connected creations]  
 父 [Father]
 母 [Mother]
 子 [Child]
 
  伊耶那岐命(父) [Izanagi-no-mikoto (Father)]   伊耶那美命(母) [Izanami-no-mikoto (Mother)]  三貴子(子) [Three noble children (Child)] 筆者の『古事記』観ではこうなる [tThis is my view of Kojiki]
 イスラエル [Israel]  縄文 [Jomon]  日本国 [Japan]  ヤマト建国 [Yamato founding of a country]
アメノヒボコ=武内宿禰(父) [Ame-no-hiboko = Take-no-uchi-no-sukune (Father)] トヨ=神功皇后(母) [Toyo = Jingu-kogo (Mother)]
 応神天皇(子) [Emperor Ojin (Child)]
 皇室の発祥 [Origin of the Imperial Family]
草薙剣 [Kusanagi-no-tsurugi]  八咫鏡 [Yata-no-kagami]  八尺瓊勾玉 [Yasakani-no-magatama] 例外(勾玉は縄文時代からあった) [Exception(Magatama has existed since Jomon period)]  *三種の神器 [Three Sacred Treasures]


 これらの事例だけをもって法則であるとするにはデータ不足の観があるが、極めて単純な「一、二、三」のリズムが日本建国という出来事を支配しているように見える。
 このことから、創造原理を「一二三の法則」と呼びたくなるのである。宇宙は単純な「一二三の法則」に従って創造されたのだということが、日本建国という出来事を観察すれば理解できる。これは頭で理解するというよりは腹で理解すべきことらしいということも分かってくる。
 There is a view that there is a lack of data to make it a law based only on these cases, but it seems that a very simple “one, two, three” rhythm dominates the event of the founding of Japan.
 For this reason, it is tempting to call the creative principle “the law of 1,2,3”. It can be understood by observing the event of the founding of Japan that the universe was created according to the simple “law of 1,2,3”. It also turns out that this seems to be something that should be understood with “hara” (= belly in Japanese) rather than with the head.

「腹で理解する」とは体感することであり、直接認識することに他ならない。「あじあまりかん」には神の秘密、宇宙の奥義が音として入っているから、「アジマリカン」と自ら称えることによって、真理を体得していただきたい。それしか正しい方法はないのである。
 一二三の法則とは、日本建国に関連して、「あじ・まり・かん」の三拍子で新しい価値が創造されるパターンが幾つも存在するというものだ。法則とは言っても、数学の方程式のような厳密なものではなく、何となく感じるという類の「型」のようなものだと受け取っていただきたい。
 ”Understanding with the belly” is to experience and to recognize directly. Since the secret of Kami and the mystery of the universe are included as sounds in “Ajimarikan”, I would like you to learn the truth by chanting “Ajimarikan” yourself. That’s the only right way.
  The law of 1,2,3 is that there are many patterns in which new value is created with the triple time signature of “Aji, Mari, Kan” in relation to the founding of Japan. I would like you to think that the law is not a strict one like a mathematical equation, but a kind of “kata” (=pattern) that you feel somehow.

 ここで、「一二三の法則」を「結びの法則」と言い替えれば、さらによく理解できるだろう。この型から感じられるのは、「日本は自然に建国された」ということだ。「自然に」は「結びの法則のままに」と言い替えることができる。ヤマト建国は「結び」によって成ったということが、一種の型(=パターン)として伝えることができていれば本論の試みは半ば成功したと言ってよい。
 Here, if we paraphrase “the law of 1,2,3” as “the law of musubi(=connection)”, we can understand it better. What you can feel from this pattern is that “Japan was founded naturally”. “Naturally” can be rephrased as “as is the law of musubi(=connection)”. It can be said that the attempt of this paper was half successful if it was possible to convey that the founding of Yamato was made by “musubi” as a kind of pattern (= pattern).

 筆者が『日本建国の秘密 ヒボコ編』を書いた一つの理由は、ヤマト(=日本)建国を導いたアメノヒボコの事跡を顕彰することで、「結び」の型そのものを浮かび上がらせたかったからだ。日本建国という出来事を観察することによって、「結びの法則」の働き方が理解し易くなると考えたのである。
 One of the reasons I wrote “The Secret of the Founding of Japan, Hiboko Edition” was to make it clear that honoring the traces of Ame-no-hiboko, who led the founding of Yamato (= Japan), is the model of “musubi (=connection)” itself. I thought that observing the event of the founding of Japan would make it easier to understand how the “law of musubi (=connection)” works.

◆アジマリカンとは造化三神の音声的顕現 [Ajimarikan is the phonetic manifestation of the three Kamis(=gods) of creation]

 結びの法則について検討したので、結びとは何かが分かれば、アジマリカンの正体も明確になる。結びの基本原理とは、「陽(高御産巣日神)+陰(神産巣日神)=陽陰合体の創造物」という神の造化の働きを意味している。この式の中には「天之御中主神」は見えない。だが、理論的には陽(高御産巣日神)も陰(神産巣日神)も(天之御中主神)より発しており、これらの三神は「独り神(不可視の原理的な実体)」である。
 Since we have examined the law of musubi(=connection), if we know what musubi is, the identity of Ajimarikan will become clear. The basic principle of musubi means the work of the god’s creation of “yang (Takamimusuhi no Kami) + yin (Kamimusuhi no Kami) = creation of yang-yin union”. “Ame no Minakanushi no Kami” cannot be seen in this equation. However, theoretically, both the yang (Takamimusuhi no Kami) and the yin (Kamimusuhi no Kami) originate from the minaka(=middle) (Ame no Minakanushi no Kami), and these three Kamis are ” hitori-gami” (an invisible principle entity occupying the whole universe).

 造化三神とは、天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神の三神を一体のものとして把握する呼称である。これらの三神をまとめて宇宙創造(=造化)の原理であると理解すべきだ。すなわち、造化三神(の作用)が音として現われたものが「アジマリカン」のコトタマなのである。造化三神とは、「アジマリカン」という音によって、人間が体感認識することのできる最高神なのである。
 The three Kamis(=gods) of creation are the names that grasp the three gods of Ame no  Minakanushi no Kami, Takamimusuhi no Kami, and Kamimusuhi no Kami as one. It should be understood that these three Kamis (= gods) are collectively the principle of universe creation. In other words, the Kototama of “Ajimarikan” is the sound of the three Kamis (= gods) of creation. The three Kamis (= gods) of creation are the supreme kamis (= gods) that human beings can experience and recognize by the sound of “Ajimarikan”.

 最高神の姿は見えないが、「アジマリカン」の音(=響き)となって顕現される。
 The image of the Supreme Kami (=God) cannot be seen, but it is manifested as the sound (= vibration) of “Ajimarikan”.

 これが私の発見であり、実際に私が「アジマリカン」を念じた結果として分かったことなのである。何度も登場する佐藤博士も氏の『日本とはどんな国』で、次のような述懐を残されている。
 This is my discovery, and in fact it was the result of my thoughts on “Ajimarikan”. Dr. Sato, who appears many times, also has the following remarks in his “What kind of country is Japan?”.

「その全体から来る霊的波調は、どうしても『神と人』とが一如になり、『神』が人の中から顕現する時の霊の響きのように受けとられる」
 ”The spiritual wave that comes from the whole (Ajimarikan) is received like the sound of the spirit when “Kami and human” are united and “Kami” manifests from within the human.”

 博士のこの述懐は、私の体験した内容と全く同一内容であるとみなす。私の表現よりもむしろ的確であるとさえ感じる。このように「アジマリカン」を称えたり念じたりした時には、実際に同一の神のエネルギーが鳴り響くことが理解できる。その神を『古事記』の造化三神、別名は「大元霊(だいげんれい)」、「天津渦々志八津奈芸天祖大神(あまつうずうずしやつなぎあめのみおやのおおかみ)」(『神道の生き方』山蔭基央、学研、2010年)などとお呼びしている。最後の長大な神名に含まれる「八津奈芸」は「八繋」とも書かれるが、後者の方が正しい意味を表現している。この「繋」とは「陽・陰の結び」という意味である。
 I consider this description of the doctor to be exactly the same as what I experienced. I even feel it is more accurate than my expression. It can be understood that the same divine energy actually resonates when chanting or thinking about “Ajimarikan” in this way. The Kami is the three Kamis of the creation of “Kojiki”, also known as “Daigenrei”, “Amatsu Uzuuzushi Yatsunagi Ameno Mioya no Okami”(“Shinto way of life” Motohisa Yamakage, Gakken, 2010) and so on. “Yatsunagi” included in the last long god’s name is also written as “Yatsunagi”, but the latter expresses the correct meaning. This “tsunagi” means “the connection of yang(=plus) and yin(=minus)”.

 この「アジマリカン」というコトタマの意味は、伝承者である山蔭師の著作には明確には書かれていないのだが、山蔭家の秘伝書にはひょっとしたら書かれているかも知れない。機会があれば自分の目で確認したい。ちなみに、『神道の生き方』の125頁には、「天津渦渦志八繋之神結あまつうずうずしやつなぎのかむむすび」なる言葉が「アジマリカン」であると書かれた図が掲載されている。この事実からも、大神呪「アジマリカン」の正体が造化三神=最高神であることは間違いない。
 The meaning of the word “Ajimarikan” is not clearly stated in the work of the successor, Rev. Yamakage, but it may be written in the secret book of the Yamakage family. If I have a chance, I want to check it with my own eyes. By the way, on page 125 of “Shinto’s way of life”, there is a figure in which the word “Amatsu Uzuuzushi Yatsunagi no Kamumusubi” is written as “Ajimarikan”. From this fact, there is no doubt that the true identity of the great Kami’s spell “Ajimarikan” is the three Kamis of creation = the highest god.

◆アジマリカン奉唱時のエネルギー場とは [What is the energy field when chanting Ajimarikan?]

 ただし、晩年の山蔭師は「アジマリカン」の真義をお忘れになったようだ。図のタイトルには「瞑想時の想念抽象図」と書かれており、ピント外れであり、正しくは「アジマリカン奉唱時の本体神のお働き」とすべきである。この図が含まれる山蔭家の秘伝書を確認したいものである。
 However, Rev. Yamakage in his later years seems to have forgotten the truth of “Ajimarikan”. The title of the figure says, “Abstract thoughts during meditation”, and should be out of focus and should be correctly “The work of the main kami when chanting Ajimarikan”. I would like to confirm the secret book of the Yamakage family that includes this figure.

 自家の秘伝書の中に「アジマリカン」の秘密を伝える上図のような貴重な財産が存在するのに、その価値が分からないままに亡くなられたという事実があるからだ。
 This is because there is a valuable property like the one shown above that tells the secret of “Ajimarikan” in his families’ secret book, but he died without knowing its value.

 前掲図が残っているという事実は極めて重い。必要があって生前の過ちを正すということにおいては、相手が故人だろうが年長者だろうが関係はない。山蔭師は呆けてしまって、事の重大さを分かっていなかった。
 The fact that the above figure remains is extremely heavy. It doesn’t matter whether he is a deceased person or an older person when it comes to correcting his mistakes in his life. Rev. Yamakage was in his dotage, and he didn’t understand the significance of the matter.

 大神呪「アジマリカン」は畏れ多くも造化三神がお働きになるコトタマであり、最高神は「アジマリカン」なる音として顕現される。山蔭神道は身命を賭してそのことを伝えなければならないのである。大神呪「アジマリカン」を伝承するとは、そういう重大な使命を授かったということに他ならない。ところが、山蔭師は自分でどうしても解けなかったので、大神呪「アジマリカン」の秘密解明を佐藤定吉博士に託したのである。
 The great Kami’s spell “Ajimarikan” is a kototama in which many of the three gods of creation work, and the highest god is manifested as the sound of “Ajimarikan”. Yamakage Shinto must bet on its life and tell it. To hand down the great Kami’s spell “Ajimarikan” is nothing but to have been given such an important mission. However, Yamakage couldn’t solve it by himself, so he entrusted Dr. Teikichi Sato  to unravel the secret of the great god curse “Ajimarikan”.

 自分の家筋は、山蔭神道と申して、応神天皇以来今日まで、『天皇行法』を司どり、天皇御自らが行ぜられる神道の秘法をお預かりしている家柄である。自分は若くしてその家を嗣ぎ、その任務を果したいと、日夜努力しているが、敗戦後の日本は、どうしてもこれを日本だけでなく、国際的にも紹介したい。
 ついては、今までのような国学者では、その目的を達しかねる。何としても、欧米文化の中心力である科学と、さらにキリスト教に通暁されている人の援助を必要とする。あなたが、その人であることを信ずるから、この日的のために協力して欲しい。(佐藤定吉著『日本とはどんな国』より)
 My family is called Yamakage Shinto, and since Emperor Ojin, we have been in charge of the “Emperor’s ascetics” and have been entrusted with the secret method of Shinto that the emperor himself practices. I’m trying hard day and night to take over the house at a young age and fulfill its mission, but after the defeat, we definitely want to introduce this not only in Japan but also internationally.
 As for the national scholars like before, they cannot achieve that purpose. At any rate, we need science, which is the core of Western culture, and the help of those who are familiar with Christianity. I believe that you are that person, so please cooperate for this day. (From “What kind of country is Japan?” by Teikichi Sato)

 山蔭師は前頁の「瞑想時の想念抽象図」という、アジマリカンの解明資料をご自身の著書『神道の生き方』に掲載しているにも拘わらず、その意味を説明できなかった。解答は図の中に、「天津渦渦志八繋之神結 Spiral Energy Field」と、明確に書かれているのである。「天津渦渦志八繋之神結」とは「造化三神による大いなる結びの作用」という意味であり、英語の”Spiral Energy Field”は「螺旋状のエネルギー場」と訳することができ、「アジマリカン」奉唱時のエネルギー場の簡明な説明になっている。
Rev. Yamakage could not explain the meaning even though he published the elucidation material of Ajimarikan called “Abstract drawing of thoughts during meditation” on the previous page in his book “Shinto way of life”. The answer is clearly written in the figure as “Amatsu Uzuuzushi Yatsunagi no Kamumusubi: Spiral Energy Field”. ” Amatsu Uzuuzushi Yatsunagi no Kamumusubi” means “the action of the great connection by the three Kamis of creation”. It is a simple explanation of the energy field when “Ajimarikan” is chanted.

 この図からも明らかなように、山蔭神道の先代神主に理科系の発想をされる方がおられたことが分かる。たまたま理科系の私が同図を見たので、意味がはっきりと分かったのだが、肝心の山蔭基央師は同図の意味が分からず、「瞑想時の想念抽象図」というおかしなタイトルを付けてしまったのだ。私的には「そのタイトルって違うでしょ!」と突っ込まずにはおれなくなる。山蔭師の先代(現在は神界の住人で、生前に同図を残された)は弟子の著作『神道の生き方』を観じて、大いに嘆かれたことだろうと推察するのである。
 As is clear from this figure, it can be seen that the predecessor priest of Yamakage Shinto had a science-based idea. I in sciences happened to see the figure, so I understood the meaning clearly, but Rev. Motohisa Yamakage didn’t understand the meaning of the figure, so he gave it a strange title, “Abstract drawing of thoughts during meditation”. Personally, I can’t help but rush in, “The title is different!”. It is speculated that Rev. Yamakage’s predecessor (now a resident of the kami-world who left the figure in his lifetime) would have been greatly lamented when he saw his disciple’s book, “The Way of Life in Shinto”.

◆アジマリカン発祥とイスラエルの関係 [Relationship between the origin of Ajimarikan and Israel]

 旧約聖書によれば「ヤコブ=イスラエル」である。イスラエルの風(次章を参照)が日本列島に吹き込んだのは、「ヤコブの霊」が日本列島に入ってきたということだと想像できるのだが、歴史的な意味がありそうだ。また、その時期も知りたいし、対応する出来事の詳細も知りたい。
 According to the Old Testament, it is “Jacob = Israel”. It can be imagined that the Israeli wind (see next chapter) blew into the Japanese archipelago because “Jacob’s spirit” entered the Japanese archipelago, but it seems to have historical significance. Also, I want to know the time, and I want to know the details of the corresponding event.

 わざわざ「ヤコブの霊」という表現を取っているのは、ヤコブなる人間は紀元前二千年ごろに亡くなっているためだ。亡くなった人間は霊になる。つまり、「ヤコブの霊は日本列島に生まれ変わった」という考え方を取り入れたい。霊的実体の輪廻転生という現象を、普通に起きていることであると考えれば説明は付く。
 The expression “Jacob’s spirit” is purposely used because the human being Jacob died around 2000 BC. The deceased human becomes a spirit. In other words, I would like to incorporate the idea that “the spirit of Jacob was reborn in the Japanese archipelago”. The phenomenon of reincarnation of spiritual entities can be explained by considering it as a normal occurrence.

 それでは、一体いつ頃にヤコブの霊は日本列島に生まれ変わったのであろうか。また、歴史上の誰として生まれ変わったのか。
 Then, when was Jacob’s spirit reborn in the Japanese archipelago? Also, who was reborn as in history?

 結論から言えば、ヤコブは三世紀頃に伽耶の国にアメノヒボコとして生まれ変わってきたのだ。霊が生まれ変われば表面的には前世の記憶や記録は完全に失われ、別人としての人生を送ることになる。だがヤコブの霊的実体は失われていないので、「ヤコブの霊」という表現になるのだ。
 In conclusion, Jacob was reborn as Amenohiboko in Kaya country around the 3rd century. On the surface, if the spirit is reborn, the memories and records of the previous life will be completely lost, and he will live a life as a different person. However, since Jacob’s spiritual substance has not been lost, it is expressed as “Jacob’s spirit.”

 拙著『日本建国の秘密 ヤコブ編』(日本建国社、2021年)には、「ヤコブ=アメノヒボコ=私」という輪廻転生の物語を書いたが、この等式に関しては注意が必要である。
 輪廻転生の仕組は未だに解明されてはいないので、単純な等式は成り立たない可能性が高い。また、等式の中身は現時点では完全にブラックボックスであり、物証や文献では証明できない。私の認識の世界において一貫性があるという話でしかない。
 In my book, “The Secret of the Founding of Japan, Jacob Edition” (Nihon Kenkokusha, 2021), I wrote the story of reincarnation, “Jacob = Amenohiboko = I”, but caution is required regarding this equation.
 Since the mechanism of reincarnation has not yet been elucidated, it is highly likely that a simple equation does not hold. Also, the content of the equation is completely a black box at this time and cannot be proved by physical evidence or literature. It’s just a story of coherence in the world of my perception.

 輪廻転生に関しては、釈尊も多くの前世を語っているが、それらが正しいと検証されているわけではない(大部分は創作された説話だろう)。私の前世も、ヤコブだったりアメノヒボコだったりしている可能性はあると言いたいが、現時点では物的証拠や文献的証拠は存在しないので、単なる想像でしかない。ただ、大本などで「一厘の仕組」と呼ばれている神の最終計画があって、その計画の中で、ヤコブやアメノヒボコが関係していたという想像を語るのみである。
 Regarding reincarnation, Buddha also talks about many previous lives, but they have not been verified as correct (mostly probably created narratives). I would like to say that my previous life may have been Jacob or Amenohiboko, but at this point there is no physical or literature evidence, so it is just an imagination. However, I only talk about the imagination that Jacob and Amenohiboko were involved in the final plan of Kami, which is called “The mechanism of Ichirin(=One bit)” in Omoto.

 本件については、次章「アジマリカンの歴史的属性」で詳細を検討する。
 This matter will be discussed in detail in the next chapter, “Historical Attributes of Ajimarikan”.

大神呪アジマリカンの正体:はじめに [Unmask Ajimarikan, the Great spell of Kami–Introduction]

 大神呪アジマリカンの正体 [Unmask Ajimarikan, the Great Kami’s Spell]

                 斎藤敏一
はじめに [Introduction]

 本論は、大神呪「アジマリカン」とは何か、その正体を明らかにすることを目的とする。
 山蔭神道という古神道の一流派に伝承された「アジマリカン」という呪(じゅ)言(ごん)に関連して、私(斎藤)が身をもって体験した「神」に関して、その実体や由来、効果等について探求して知り得たこと、また推察したことを紹介する目的で書かれる。
 The main subject is intended to clarify the real identity with the Great Kami’s spell “Ajimarikan”.
 In connection with the spell called “Ajimarikan” handed down in one of the old shinto sect called Yamakage Shinto, about “Kami” which I (=Saito) experienced in person, this paper is written to introduce Kami’s entity and origin and the effects, about which I researched and have been able to know, things that I guessed.

福島県清戸迫横穴墓渦:縄文時代のシャーマンは神が渦巻くエネルギーであることを知っていた [Kiyotosaku Ouketsu Tomb Vortex: Fukushima Prefecture: Ancient Japanese shamans in Jomon period knew that God was the swirling energy.]

 最初にお断りしたいのは、本論で使われる「神」の定義である。Kami(=神)とは日本語で「かく」「幽身かみ」、すなわち、姿の見えない神聖な実体を現しており、英語の「God」とは根本的に異なる存在である。Kamiとは日本的な神認識「一神即多神、多神即一神」の概念に裏打ちされた不可視の渦巻きエネルギーである。このエネルギーを体感すればアジマリカンも分かるし、アジマリカンを唱えればKamiも分かるというものだ。
 The first thing I would like to tell is the definition of “God” used in this paper. Kami (“神” in kanji) is a Japanese word for “hidden body”, “suttle entity”, that is, an invisible sacred entity, which is basically different from the English “God”. Kami is an invisible swirl energy backed by the Japanese concept of “One Kami equals to many kamis, many kamis equal to one Kami”. If you experience this energy, you can understand Ajimarikan, and if you chant Ajimarikan, you can understand Kami.

 一神教の神認識のあり方しか知らない方にとっては、ここが一番難しいところである。日本の古事記には古来より「ひとがみ」という唯一神の概念が存在するが、それは多神(=八百万の神)を含んでいるというのが、日本的神認識のあり方である。
 This is the most difficult part for those who only know how monotheistic God should be recognized. Since ancient times, the concept of monotheistic God “Hitori-gami (= Alone God)” have existed in Kojiki (= Record of old events) of Japan, but it is the way of Japanese god recognition that it includes polytheism (= eight million gods).

 本論は、筆者が体験した事実を記すという意味合いもあるが、目に見えない「神」という存在も、大神呪「アジマリカン」を朗誦したり念じたりすることによって体感可能であるということを示したい。
 すなわち、「『アジマリカン』というコトバの秘密を解明すれば、神の実在が証明される」という仮説を提示するという主旨である。
 This paper has some meaning of the fact which I experienced, but also clarify that invisible Kami could be able to be experienced with body sensation, by chanting or by reciting in mind the great Kami’s spell “Ajimarikan”.
 That is to say, the point of this paper is presenting the hypothesis “Kami existence would be proved by solving the secret of the word <Ajimarikan>”.

 前記の目的のために、筆者自身の体験や活動の概要も語られるが、「アジマリカン」という言葉の意味を明らかにするために必要と考えられるからである。本論で述べられる各種の情報は、「大神呪アジマリカン」の以下のような特徴を浮き彫りにするための素材であると考えていただきたい。
 For the above purpose, the summary of an experience and the activity of the me is talked about. This is because it is thought that it is necessary to clarify the meaning of the word “Ajimarikan”. I want you to think various information given by the main subject to be material to highlight the following characteristics of “the great Kami’s spell Ajimarikan”.

・「神」の存在を強く感じさせる。
・強力な呪言=コトタマであることが体験的に実証されている。
・浄化作用と創造作用の二面性がある。
・歴史、特に日本建国という出来事に関係が深い。
  ・It let us feel existence of “Kami” to be strong.
  ・It is demonstrated that it is strong spell = Kototama experientially.
  ・There is two-facedness of purification action and the creation action.
  ・Relations are close in a historical event, particularly Japan’s foundation.

漢字の神は渦巻きの象形である(大谷幸市『渦巻きは神であった』より) [Kami in Kanji (“神”) is a swirl pictogram (from Koichi Otani’s “Swirl was the God”) ]

 数年間の考究の結果、大神呪「アジマリカン」は日本の歴史上の特定の時点で、一人の人物に天降った言葉であると考えるようになった。そのことを明らかにするために『日本建国の秘密』という歴史的な作品を世に問うたが、未だに「アジマリカン」という言葉の意味を完全には解明できてはいない。本論では、従来にない様々な方面から「アジマリカン」の本質に肉薄したいと目論んでいる。どこまで成功するかは神の御心次第である……。
 After several years of research, the great Kami spell “Ajimarikan” came to be considered as a word that had fallen on a person at a certain point in Japanese history. I published the historic work called “The secret of the founding of Japan” to clarify it, but I cannot completely yet elucidate the meaning of the word “Ajimarikan”. I scheme to come close to essence of “Ajimarikan” by the main subject from various areas that did not tried before. It is at will of Kami to what level I succeed to…….

 なお、文中何人かの先人を批判するような個所があるが、批判のための批判ではなく、「神の道(=神道)」のあり方に関して忌憚のない意見を述べたかったからであり、他意はない。拙筆ご容赦願いたい。
 In addition, there are points criticizing the predecessors in some sentences, but this is because I wanted to speak a frank opinion about “the way of the Kami (= Shinto)” not criticism for criticism, and there is not any other intention. Please forgive bad writing.

用語 [Terms]

神 [Kami]:古代日本人(=縄文人)が認識していた渦巻く根源のエネルギーで、一神教のゴッドとは全く異なる実体。日本的な神認識においては、「一神即多神、多神即一神」という関係が成立しており、多神=八百万の神は一神より出たものと認識される。英語圏では神はゴッドだが、本論では神とは「隠り身」/「幽身」、すなわち、宇宙に遍満する波動的・エネルギー的な存在であるとしている。
 It is a swirling source of energy recognized by the ancient Japanese(= Jomon people), and Kami is a completely different entity from the monotheistic God. In Japanese Kami recognition, the relationship of “one Kami equals many kamis, many kamis equal one Kami” is established, and it is recognized that many kamis = eight million kamis originated from one Kami. In the English-speaking world, it is God, but in this paper, Kami is a “hidden body”/”suttle entity”, that is, a wave-like and energetic being that pervades the universe.

言霊 [Kototama]:通常は「ことだま」と読むが、本論では清音で「コトタマ」と表記する。アジマリカンという言葉には霊的な実体が伴っており、「アジマリカン」という音・響きはコトタマそのものである。実際に発音しなくても念じるだけで効果が発揮される。
 It is usually read as “Kotodama”, but in this paper it is written as “Kototama” in non-vocal consonant. The word Ajimarikan is accompanied by a spiritual entity, and the sound and tone of “Ajimarikan” is Kototama itself. Even if you don’t actually pronounce it, you can get the effect just by thinking about it.

一霊四魂 [One spirit and four souls]:幕末の神道家の本田親徳(ちかあつ)によって提唱された霊魂観で、神や人には荒魂、和魂、奇魂、幸魂という四つの魂(=四魂)があり、それらを一霊の直霊が統括しているという考え方。
 A view of souls advocated by the Shintoist Honda Chikaatsu at the end of the Edo period. The idea that the direct spirit of one spirit is in control.

とどめの神 [The final Kami]:大本開祖の出口ナオのお筆先『大本(おおもと)神(しん)諭(ゆ)』に登場する「艮の金神」の別名で、世界の建て替え・立て直しを行うと言われている。『大本神諭』には「とどめに艮の金神が現はれて…」と書かれている。斎藤説では、「とどめの神は大神呪アジマリカンとして顕現している」と語られる。
 It has been said to rebuild and restore the world with another name for “Ushitora(艮) no Konjin” that appears in Book “Omoto Shin-yu”, the automatic writing of Nao Deguchi, the founder of Omoto. In “Omoto Shin-yu”, it is written that “Ushitora no Konjin appears at the end of the world…”. According to Saito’s theory, “the final Kami is manifested as the great Kami`s Spell Ajimarikan”.

一厘の仕組 [The mechanism of One Bit]:大本神諭や日月神示で語られる神の計画のことで、特に最終段階のものを一厘の仕組と呼ぶ。未だに誰も一厘の仕組を解いた人物はいないとされるが、斎藤がアジマリカンを念じた時にとどめの神が降臨したので、一厘の仕組も解けてしまった。
 The plan of the gods spoken by Omoto Shin-yu and Hitsuki Shinji, especially the final stage is called the mechanism of One Bit. It is said that no one has solved the mechanism of One Bit yet, but since the final Kami descended when Saito prayed Ajimarikan, the mechanism of One Bit was also solved.

天皇行法 [Emperor’s ascetics]:天皇が実践すべき霊的な修行として、自霊拝とアジマリカンが存在することが、山蔭神道に伝わっている。これらの修行を総称して天皇行、天皇行法と呼ぶ。実際に皇太子や天皇が天皇行法を実践しているかどうかは未確認だが、佐藤定吉博士の著作『日本とはどんな国』によれば十分に想定可能である。
 The existence of Jirei-hai and Ajimarikan as spiritual ascetics that the Emperor should practice is transmitted to Yamakage Shinto. These practices are collectively called the Emperor’s ascetics and the Emperor’s ascetics. It is unconfirmed whether the Crown Prince and the Emperor are actually practicing the Emperor’s ascetics, but it can be fully assumed according to Dr. Teikichi Sato’s book “What kind of country is Japan?”

日本とはどんな国 [What kind of country is Japan?]:佐藤定吉による同名著作のタイトル。氏の著作によって斎藤はアジマリカン行者となった。同著内では、アジマリカンによる神の顕現、日本列島が神の国であるという体験などが語られており、斎藤も佐藤博士が語る体験と同様の体験を経てきている。
 The title of the work of the same name by Teikichi Sato. Saito became an Ajimarikan ascetic by his writing. In this book, the manifestation of Kami by Ajimarikan and the experience that the Japanese archipelago is the kingdom of Kami are talked about, and Saito has undergone the same experience as Dr. Sato talked about.

アジマリカンの降臨 [The Advent of Ajimarikan]:斎藤の同名著作のタイトルとなっているが、このタイトルは「アジマリカンを唱えると実際に神が降臨する」という事実に基づいている。アジマリカンで降臨する神とは、古事記の冒頭に登場する造化三神(天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神)である。
 The title of Saito’s work of the same name, but this title is based on the fact that “Kami actually descends when we chant Ajimarikan”.  Kami that descends in Ajimarikan is the three Kamis of creation that appear at the beginning of the Kojiki (Ame no Minakanushi no Kami, Takamimusubi no Kami, Kamimusubi no Kami).

アジマリカン行者 [Ajimarikan ascetic]:大神呪アジマリカンを唱えたり念じたりすることを専らとするアジマリカンの実践者をこのように呼ぶ。
 Ajimarikan practitioner who specializes in chanting and praying the Great Kami’s Spell Ajimarikan, is called.

目次 [Contents]

大神呪アジマリカンの正体 [Unmask Ajimarikan, the Great Kami’s Spell]
はじめに [Introduction]
用語 [Terms]
目次 [Contents]
第一章 私のアジマリカン体験 [Chapter 1  My Ajimarikan experiences]
◆「アジマリカン」と出会った頃の私的事情 [My private condition of encountering “Ajimarikan”]
◆神=「アジマリカン」で私に飛び込んできたモノ [Kami = the entity jumped in me with “Ajimarikan”]
◆私の「アジマリカン」体験の様相 [The aspect of my “Ajimarikan” experience]
◆「アジマリカン」は活き物? 探求の旅へ…… [Is “Ajimarikan” a living thing? To the quest journey…]
第二章 アジマリカンのコトタマ的属性 [Chapter 2  Kototama properties of Ajimarikan]
◆アジマリカン=そのものズバリの神 [Ajimarikan = the decisive Kami]
◆アジマリカン=とどめの神のコトタマ [Ajimarikan = The kototama of the Final Kami]
◆アジマリカン=天皇行法を構成する行法 [Ajimarikan = the ascetic practice that constitutes the Emperor’s ascetic trainings]
◆アジマリカン≠トホカミエミタメ [Ajimarikan ≠ Tohokamiemitame]
◆アジマリカン=「結び」の働き [Ajimarikan = The Function of “connection” (”musubi” in Japanese)]
◆アジマリカンとは造化三神の音声的顕現 [Ajimarikan is the phonetic manifestation of the three Kamis(=gods) of creation]
◆アジマリカン奉唱時のエネルギー場とは [What is the energy field when chanting Ajimarikan?]
◆アジマリカン発祥とイスラエルの関係 [Relationship between the origin of Ajimarikan and Israel]
第三章 アジマリカンの歴史的属性 [Historical properties of Ajimarikan]
◆「アジマリカン」の最大の秘密=イスラエルとは [The biggest secret of “Ajimarikan” = What is Israel? ]
【外なるイスラエルと内なるイスラエル [Outer Israel and Inner Israel]】
◆アジマリカンが天降った人・時・所 [The person, time, and place where Ajimarikan descended from heaven]
◆イスラエルではなく日本こそが中心 [Japan is the center, not Israel ]
土公(どこう) [Doko]
◆世界史上の日本建国の意味 [Meaning of the founding of Japan in world history]
第四章 個のアジマリカンと公のアジマリカン [Individual Ajimarikan and public Ajimarikan]
◆システムエンジニアが捉える神とは [What is Kami as a system engineer? ]
◆個人の「アジマリカン」が爆発的にヒットしたこと [The explosive hit of the individual “Ajimarikan”]
◆本当は「公のアジマリカン」を伝えたかった [I really wanted to convey “public Ajimarikan”]
◆「公のアジマリカン」を普及するための最善の方法とは [What is the best way to popularize “public Ajimarikan”? ]
最終章 結論ーアジマリカンは聞こえる神 [Final Chapter Conclusion – Ajimarikan is Kami that can be heard]
◆アジマリカンの正体とは [What is the true identity of Ajimarikan?]
◆未解決項目←要検討 [Unresolved items <- to be discussed]
①アジマリカン=コトタマ=直霊=内なる神 [(1) Ajimarikan = Kototama = Naohi = Inner kami]
②超能力や超人的修行は本当に必要か [(2) Is supernatural power or superhuman training really necessary? ]
③渦の御宝「アジマリカン」は大神の最終兵器か [(3) Is the vortex treasure “Ajimarikan” the ultimate weapon of the Great Kami? ]